私ばかりが本気だと思って別れを告げたら、完璧上司の余裕が崩れました【ヒロイン視点改稿版】
 少し先を行く彼の足取りはどこか焦りを滲ませていて、ぎゅうと握りしめられた手はまるで佳穂がどこかへ逃げるのを心底恐れているかのようだ。先ほど下の名前で呼び止めたのだって、普段の彼ならば絶対にしない行動だった。
 その一つ一つを見るたびに、胸が苦しくなる。

 だって、これでは彼が佳穂を失いたくなくて必死みたいだ。

 そんなはずはない。そんな強い想いは雅芳の中に存在していない。
 それは十分思い知ったはずなのに、また期待しそうになって、苦い気持ちが胸に広がる。

 ――もう自分勝手に期待して裏切られるのはいやなのに。どうしてこんなことをするの。

 しまいには雅芳に対する怒りすら込み上げてきて、佳穂は唇を強く引き結んだ。

 連れてこられたのは隠れ家的バーだった。
 会社からそれほど離れているわけではないが、地下にあって入り口が分かりにくいため、知る人ぞ知る、という雰囲気の店だった。知り合いと出くわす可能性は低そうだ。
 雅芳はここで納得行くまで話をするつもりなのだろう、店内の奥まった場所にあるテーブル席に佳穂を促した。

 向かい合う形で着席し、互いに適当な銘柄のビールを注文する。
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