敵国から嫁いできた悪役王女……のつもりだったのですが、めちゃくちゃ大事にされている上に、契約結婚になるようです。


 ケイトが起き上がって数分後。
 医師一人と看護師二人は、拘束を解除されたのか、せっかっく院長メアリーが閉じた扉を勢いよく開き、部屋の中へと駆け込んできた。

「「「死体と生き返った女の子が、ワーッ!!!????」」」

 そして、三人は同時に同じ悲鳴を上げ、その場で失神して倒れてしまった。

「院長先生(お母さん)どうしたのーッ!?」
「ケイトは治ったのーっ!!!??」

「部屋に近づいたら駄目よ!!! 戻りなさい!!!」

 医師達の絶叫を聞いたのか、今度は家族達が大声をあげながら集まってきた。
 彼らが部屋に近づく前に、院長メアリーが叫んで数人を追い返す。
 しかし、何人かは制止を聞かず、廊下からこの部屋の惨状を見て、「「「死体と生き返ったケイトが、ワーッ!!!????」」」と、絶叫を上げてひっくり返った。
 廊下でひっくり返った子ども達の悲鳴を聞いて、さらに子ども達が集まってきて、メアリーが追い返して、数人がこの部屋の惨状を見て、「「「死体と生き返ったケイトが、ワーッ!!!??(略)

 ということで、騒ぎが落ち着いた頃には、廊下の周りには相当数の気絶した人間が転がっていた。
 その中心で、院長メアリーが、「あは、あはは、あは、死体が、一人、二人、三にーん……」と、気絶者の数を数えながら、あらぬ方向を見て、ひきつった笑いを浮かべている。本当に死体が一人分存在しているのが、なんとも物悲しいことである。

「ケイト、大変よ。院長先生(お母さん)が崩壊してしまうわ」
「なんということなの~。誰がこんなひどいことを~」
「そうよね、私もケイトも悪くないわよね」
『そうだ。私は悪くない』
「急に会話に入ってくるの!? あなたも喋れるの!? ついでにそういう文脈だったかしら!?」
「う~ん、どうしたらいいかしら~」

 ケイトはそう言うと、首をかしげて少し考え込む。
 その後、クローゼットに入っている服をいそいそと着た彼女は、院長メアリーの前に立った。

「院長先生(お母さん)~、院長先生(お母さん)~」
「神よ、我らを守りたまへ……愚かな我らを導きたまへ……」
「お医者様には、生きているケイトのことは隠して、死んだケイトの遺体を燃やしてもらいましょ~」
「……死んだことに……? ええ、そうね。生き返ったと伝えたところで、信じないでしょうしね。流行病のことを想うと、火葬にしなければ……」
「家族のみんなには、『ケイトは助かったけれども、療養が必要なので、療養施設に行った』と伝えてください~」
「……な、なるほど? そうね、亡くなったと聞いたら悲しんでしまうわよね……」
「この嘘を盾に、お医者様には内密に火葬を執り行ってもらいましょう~」
「…………なるほどね……お葬式はしないのね……」
「どうせ私達、他の院に移る予定だったのですよね~? それを今すぐ実行しましょ~!」
「!?」

 口をあんぐり開ける院長メアリーに、ケイトはふわふわ笑っている。

 クリスタは初耳だったので、「そうなの!? なんで知ってるの!?」と飛び上がった。
 院長メアリーは、「あっ、私、無理」と呟き、その場でうずくまって、動かなくなった。

 動かなくなってしまった!

「ケイト。これ、まずかったんじゃないの?」
「あらあら~、院長先生(お母さん)がこんなふうになってしまうなんて、誰がこんなひどいことを~」
「これに関してはケイトが悪いと思うけど」
『私は悪くない』
「ああ、うん、ええと、ケイトは悪くないわ」
「そうよね~」
「ケイトは悪いけどね!?」
『私はなにもしていない……!』
「そうじゃなくて!!!」

 結局、メアリーが微動だにしないので、クリスタとケイトはおとなしく三人(?)で院長先生(お母さん)を見守った。
 見守り始めてから四分後に、さすがに心配になったクリスタは、「あの~」と声をかけたけれども、メアリーはやはり動かない。

 そして五分が経過したところで、急に再起動したメアリーは、晴れやかな笑みを浮かべて、こう告げた。

「——これは神の思し召しです。聖女ケイトの普段の行いが良かったから、神が恵みをくださったのです」

 あっけにとられたクリスタとケイトを横に、メアリーはいかにケイトが素晴らしいのかを滔々と語りだす。

『崩壊しそうな精神が急に安定したのはなぜだ』
「ケイト、黙って」

「さあ、私の聖女ケイト。とりあえず私の部屋へ。しばらくはそこに隠れて過ごしましょう」
「わかりました~」

『だが、クリスタ。今にも崩れ落ちそうだった魂が、急に』
「いいから!」

 聞こえているはずなのに、魔女ケイトの言葉を完全無視する院長メアリーに、クリスタは若干の恐怖を感じながらも、魔女ケイトを制止する。

 こうして、ケ(・)イ(・)ト(・)はメアリーにかくまわれた状態で、遺体の焼却と、施設移動(おひっこし)をすることとなった。
 もちろん、施設移動(おひっこし)については、クリスタも一緒だ。

 そして、メアリーは、魔女ケイトの発言に一切反応しない。
 メアリーの世界に、魔女ケイトは存在しない。
 そのメアリーが、上司やクリスタ達の引継ぎ先の孤児院の院長に、魔女ケイトのことを報告するはずがない。

 そんなこんなで、翌々日。
 何も知らないメアリーの上司が、クリスタとケイトを引き取りにやってきたのである。


   ~✿~✿~✿~

「あなた達二人は、これから別の孤児院に移動となります」

 クリスタ達の前に現れたのは、メアリーの上司であり、ヴィンセント王国の孤児院の統括者である女性だ。
 名前をヴェローチェ=フォン=ヴィンセント。
 なんと、この国の現国王の叔母である。

 二人は目を丸くしたものの、口を挟まず耳を傾けていたので、ヴェローチェはほほ笑んだ。

「ほんに、賢い娘達だこと。幼いのに、自分の立場をよくわかっておる」

 そう言われてなお、静かにしているクリスタとケイトを見たヴェローチェは、満足そうにしている。

「お前達は、賢すぎるのだ。そして美しすぎる。誰かの庇護なく突出する者、特にこと、美しさにおいて才を与えられた女子(おなご)は、本人にも周囲にも不幸を与えるものだ」

 クリスタには、ヴェローチェの言うことがよくわからなかった。
 だって、クリスタには、突出した美しさを持つケイトが居て、ケイトはいつだって、クリスタに幸せを与えてくれる。不幸を与えたことなど、一度もないのである。

 ただまあ、それを言わない方が、ヴェローチェが満足するだろうと思って、口を閉ざしていた。

「よって、お前達は、女性のみが入る孤児院に移動となる。よいな」
『よくはない』
「!?」
「?」
「!?」

 急に話し始めた魔女ケイトに、クリスタは仰天し、人間ケイトは首をかしげる。
 ヴェローチェも、まさかこのタイミングで反対されると思っていなかったのか、口をあんぐり開けてケイトを見た。

『せっかく人間の営みを見ることができるのだ。私は男と女の交尾も見』

 クリスタがケイトの口をふさいだけれども、少し遅かったらしい。

 青ざめたヴェローチェがふらりと倒れそうになったところで、その体を受け止めた者達が居た。
 精霊達である。

「何者かが奥様のお体をーッ!!!」

 護衛達や侍女達が悲鳴を上げ、ヴェローチェがさらに真っ白な顔色になったところで、ケイトが『ああ』と呟いた。

『見えたほうがいいか?』

 そこに姿を現したのは、世にも恐ろしい、悪魔のような形相の精霊だった。
 蝙蝠を巨大にして、目を血走らせ、歯からよだれを滴らせたような、驚異の姿。

 クリスタは後で聞いたのだが、この地では流行病によって人が多く死に、恨みつらみで空気がよどんでいたので、その空気を吸収した精霊達も、ちょっとだけ他と違う見た目になっていたらしい。

「「「「「モンスターが、ぎゃぁあああーっ!!!」」」」」

 あとはご想像のとおり、侍女達は、世にも恐ろしい怪物を目にしたことで、その場でひっくり返ってしまった。
 ヴェローチェは、即座に身を引いて精霊から離れた後、数秒は持ちこたえた。しかし、目を血走らせ、褒めてほしそうにハッハッと息を荒げて近づいてくる精霊に耐えられなかったのであろう、結局その場でひっくり返った。
 護衛達は、泡を吹きながら剣を握ってその場で失神する者、がくがく震えながらなんとか意識を保っている者等、多種多様な対応を見せてくれる。

 結局、なんだかんだ、クリスタとケイトは、予定どおりの孤児院に移動になった。
 多分、他にどうしようもなかったのだと思う。
 野に放つのも危険だし、返す親元もなく、不用意にどこかの貴族に預けるわけにもいかず。

 ちなみに、魔女のことを報告しなかった院長メアリーに、ヴェローチェは色々と問いただしたらしいのだが、メアリーが「聖女ケイトの起こす奇跡です」とキラキラした目で答えるばかりなので、ヴェローチェはなにも言えなくなったらしい。
 そして、魔女ケイトの件は、当時のヴィンセント国王に内々に報告されることになったのである。


   ~✿~✿~✿~

 それから八年。
 クリスタとケイトは、なんだかんだ、新しい孤児院になんだかんだなじんでいた。

 なじんだというのは、語弊があるかもしれない。
 魔女ケイトが、孤児院の家族(美女ばかり)から、盛大にモテまくっていたのだ。

「ケイトちゃん、今日はこの本を読みましょう!」
『私は人間模様が複雑なものを好む』
「分かっているわ、この本は六角関係の本だから安心して!」
『それは素晴らしい選出であると思う。カミラの勧める本は安心感がある』
「ケイトちゃん、その前にこっちに来ておやつを食べましょう」
『人間の味覚で味わう食べ物は、非常に魅力的だ。そして、リリスの提供するものが、最も好ましい』
「ケイトちゃん、そんなことより玉投げを」
「ケイトちゃん、こっちでお話を」
「ケイトちゃん、一緒に料理を」
「ケイトちゃん」

 毎日毎日毎日毎日、ケイトは引っ張りだこ。
 どうやら、女しかいないこの場所で、知識の吸収を喜ぶ謎の生物、しかもなんだか男っぽいしゃべり方をし、見た目は絶世の美女という不思議な存在は、彼女達の庇護欲や育成欲を猛烈にくすぐる存在だったらしい。
 しかもこの魔女ケイト、優しくするとなんだかんだ喜んで、つたない言葉でべた褒めしてくるものだから、彼女達はこの不思議な存在のとりこになってしまっているのだ。

 そして、クリスタはケイトに物理的に張り付きながら、いつも不満を抱いていた。
 だって、ケイトは、私のケイトなのに!

「クリスタは甘えん坊さんね~」

 夜だけは、ケイトは同室のクリスタだけのものだ。
 二つ寝台があるのに、クリスタは必ずケイトの寝台に潜り込んで、毎日ケイトをぎゅうぎゅうに抱きしめながら眠りにつく。
 そうすると、ケイトはクリスタの頭をよしよしなでた後、クリスタのほっぺにキスをして眠りにつくのだ。
 クリスタはその瞬間が大好きで、けれども最近は、もっと続きをしたいような、不思議な気持ちになって、困ってしまっていた。

(この気持ちは、なんなのかしら……)

 ケイトは不思議なことに、この八年間、クリスタと同様に成長していた。
 魔女ケイトは、遺伝子情報が云々と難しいことを言っていたけれど、とにかく、ケイトはクリスタ達人間と変わらず成長していく予定らしい。

 そして成長したケイトは、なんというか、女性らしさにあふれた体つきになっていた。
 十歳の時ですら発育が良かった彼女の胸は、本人の手にもクリスタの手にも収まらないし、白い肌も、ぽってりとした唇も、長いまつ毛も、全部が煽情的で、女性であるクリスタすらを魅了してくるのだ。

(ヴェローチェ様はきっと、このことを言っていたのね)

 確かに、この存在を野に放したら、本人にも周囲にも不幸をもたらすかもしれない。
 それくらいには、今のケイトは危険な存在だった。

 なお、クリスタもクリスタで、絶世の美女に育ち、胸は小さいものの、透明感のあるはかない美しさがあり、たいそう危険な魅力を放っているのだが、クリスタにはクリスタが見えていないので、本人はそのことを理解していない。

 ヴェローチェは、この孤児院にいる家族は、上位貴族の侍女や、下位貴族や有力商人の妻にする予定なのだと言っていた。
 美しすぎるもの、賢すぎる者は、ある程度権力のある存在の近くに置くべきであるというのがヴェローチェの判断で、彼女の後ろ盾があれば、それはきっと実現するのだろうと、家族達も理解していた。
 日々、孤児に与えられるには過分な教育を施された彼女達は、己の分を知り、誇りを持っていたため、比較的お互いに対して嫉妬することもなく、平穏に過ごしていた。そして、幸せな未来を信じ、夢を持っていた。

 けれども、クリスタはそうではない。

(私は今が一番幸せ)
 
 今は、こうして二人一緒に過ごすことができる。
 けれども、片方が結婚したら?
 侍女としてついていくことができるような、上位貴族であればいいが、下級貴族や有力商人であれば、ヴェローチェお墨付きの侍女までは不要と言われてしまうかもしれない。
 それに、両方が結婚することになったら、自動的に、二人は離れ離れになってしまう。

「クリスタ。まだ起きているの~?」

 もんもんと悩むクリスタを、ケイトが寝ぼけ眼でだきしめてくれる。

「もう寝てるわ」
「そうよね~、寝てるわよね~」
『クリスタの精神は覚醒している』
「寝てるのよ、ケイト……」

 クリスタはケイトと二人で、くすくす笑いながらまどろんでいく。

 やっぱり、今が一番幸せ。

 そんな中、とある出来事が起こり、クリスタ達の命運を変えることとなった。

 王太子ヴィルクリフが、クリスタ達のいる孤児院にやってきたのである。


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