敵国から嫁いできた悪役王女……のつもりだったのですが、めちゃくちゃ大事にされている上に、契約結婚になるようです。


 王宮にやってきて五か月後。
 結婚式を一か月後に控えたその時期に、クリスタの妊娠が判明した。

 周囲はヴィルクリフがクリスタを溺愛していることを知っているので、驚くこともなく寿いでくれた。
 そしてなにより、ヴィルクリフが喜んでいた。

「名前は花の名前にしよう」
「お花?」
「君に初めて会った時に、夜空の下で咲く花を見つけたと思ったんだ」
「男の子かもしれないわ」
「女の子だよ」

 結局、男の子ならエクメア、女の子ならアイリスと名付けることになった。
 クリスタが、紫色の花の名前がいいと言ったからだ。
 
「紫色?」
「今のケイトの色だから」

 ニコニコしているクリスタに、ヴィルクリフはムッと眉根をよせる。
 そして、彼女を後ろからそっと抱きしめた。

「俺の色じゃなくて?」

 目を瞬いたクリスタは、自問自答するように少し考えた後、こう答えた。

「ヴィルの色の花ってあるの?」

 ヴィルクリフの髪はナチュラルブラウンで、目は新緑の色をしている。
 茶色の花や緑色の花も、存在はしているだろうが、クリスタには思いつかない。

 言われてみればそうかと、ヴィルクリフは、かゆいところに手が届かないような顔をしながらも、納得したそぶりを見せる。


   ~✿~✿~✿~

 クリスタは、妊娠したことで、自分の気持ちに変化が起きていることに気が付いていた。

(今、私、『ケイトが一番だから!』って言わなかったわ)

 以前のクリスタであれば、ヴィルクリフの問いに対して迷うことなく、そう答えていた。
 しかし、今の彼女には、ヴィルクリフの色を選ぶという選択肢が存在しているのだ。

(そっか。私、お母さんになるんだ。家族が増えるんだわ。ヴィルが、私に家族をくれた……)

 孤児として育ち、クリスタの一番の家族はケイトだった。
 ケイトと一緒に居られるなら、他には何もいらないと思っていた。

 けれども、ヴィルクリフは、クリスタに家族をくれた。
 まだ会っていないけれども、クリスタの中に小さな命が宿っている。

 この時、幼かったクリスタの心に、なにかが芽生え始めていたのだ。

 就職先と同義だった『結婚』、自分の未来を左右する運命のクジ引きの結果であった『夫』の存在が、ようやく、愛おしいものとして胸の中に落ちてきた。

「早くあなたに会いたいわ、アイリス。それとも、エクメアかしら」

 おなかをなでながら、クリスタは頬を緩める。
 すると、ケイトが妊婦に良いというハーブティーを入れてくれた。

「どちらも素敵な名前ね~」
「花の名前なの。今のケイトの瞳の色なのよ」
「そうなの~? なんだか照れちゃうわ~」
『私由来の名をつけるのか。ではそれは私の子だ』
「ふふ。……二人目は、ヴィルの色の花の名前でもいいかもね」

 茶色の花や、緑色の花の名前も調べてみよう。
 そう意気込むクリスタに、ケイトは「夫婦仲が良くてなによりだわ~」とほほ笑んでくれる。


   ~✿~✿~✿~

 しかし、結婚式を目前に控えたある日、ヴィルクリフがクリスタを急に抱きしめてきた。
 そして、こんなことを尋ねたのだ。

「……あの侍女のためなら、俺との結婚を蹴っていたのか」
「え?」
「ある侍女から聞いた。宮廷魔術師達があの侍女について魔女協会に通報していたら、君は俺と結婚していなかったと」

 一体なんのことだろうか。
 クリスタは当時のことをゆっくり思い出す。
 王宮に行く前に、ヴェローチェにケイトが魔女の国に行ってしまうならどうするのかと聞かれ、自分もついていくと答えた記憶がよみがえり、素直に頷いた。

「確かに、そう答えたわ」
「……! 君は俺を愛していないのか! 俺よりもあの侍女のほうが」
「聞かれたのは、あなたと会った三日後のことだもの。ケイトとは十八年間一緒だったのよ」

 ぐ、と詰まったヴィルクリフは、それでも首を横に振る。

「俺は初めて会ったときから君が好きだった。君は違うのか」

 熱のこもった言葉に、クリスタは、困ると同時に、じんわりと胸が温かくなるのを感じた。
 この人は、本当にクリスタのことを好きでいてくれているのだ。
 そして、どうしたら彼の胸の内のわだかまりを取り去ることができるのだろう。

「私、あのとき、男の人に会うのが八年ぶりだったから、よくわからなくて」
「……」
「ただ……あなたはとっても手が早かったけど、いやじゃなかったわ?」

 あのときされたことを、そっと返してみると、ヴィルクリフは顔を真っ赤にして視線を逸らした。

「君はずるい」

 ぎゅうぎゅう抱きしめてくるヴィルクリフに、クリスタはくすくす笑ってしまう。

 このとき、クリスタはヴィルクリフの心のとげを取り去ることができたのだと思っていた。
 しかし、結局これを境に、ヴィルクリフは疑り深くなってしまった。

 ことあるごとにケイトと自分を比較するし、クリスタの愛情を試すような真似をする。
 ただ、それはクリスタがたまにケイトにやってしまうことでもあったし、クリスタはこの頃には、ヴィルクリフのことを好きになっていたので、特段面倒に思うこともなく、常に笑顔でなだめていた。

 クリスタは気が付いていなかったのだ。
 その打っても響かない様子が、さらに夫の嫉妬心をあおるということに。


   ~✿~✿~✿~

「第二妃を娶る。侯爵家の令嬢だ」

 結婚式が終わって二ヶ月が経った頃、おなかが大きくなり始めたクリスタに対し、ヴィルクリフはそんなことを言い出した。

 クリスタはその言葉を聞いて、目を瞬いた後、「わかりました」と頷いた。

「……! 君は、それでいいのか!?」
「えっ。でも、あなたが決めたことだもの」
「自分の夫がほかの女性を妻に迎えることに、なんの嫉妬もしないと!?」
「ええと……あなたは男性だし、王太子だし。お義父様にも奥様が複数いらっしゃるし、そんなこともあるんじゃないかしら。それに……」
「もういい!」

 吐き捨てるように叫んだヴィルクリフは、部屋を出て行ってしまった。
 クリスタは、あっけにとられた顔で、開いたままの扉を見つめる。

「いつもの夫婦喧嘩ね~。でも、いつもと規模が違うわ~」
「……ケイト」
「クリスタは、どうしたい?」

 初めて聞いた低く響くその声に、ソファに座っていたクリスタは、背後にいるケイトを振り仰ぐ。
 そこにはいつもどおりのケイトだけが居て、穏やかな笑みを浮かべている。

「……私は、なにも……」

 戸惑うクリスタに、ケイトはニコッと笑うと、「仲直りできるといいわね~」とだけ答えた。


   ~✿~✿~✿~

 それから、ヴィルクリフはミラベル=ミラーという侯爵令嬢を第二妃としてを娶った。
 金髪碧眼で、クリスタに似たはかない雰囲気を持つ、細身の女性である。

 彼女は、非常にできた人物だった。
 自身に実家の後ろ盾があることや、ヴィルクリフとクリスタの仲がうまくいっていないことを理解していながらも、クリスタのことを第一王妃として立て、でしゃばることがない。

 クリスタは彼女と居るヴィルクリフを見るたびに、どうしたらいいのかわからず、困惑していた。
 ヴィルクリフはミラベルと共にクリスタの前に現れては、ミラベルとの仲の睦まじさをことのほかアピールしてくるのだ。
 仲が良くていいですねと言うと、顔を真っ赤にしていなくなってしまうし、見せつけられて困ってしまうと伝えると、にやにやしながら「嫉妬したフリもうまいものだ」とだけ呟いていなくなってしまう。

(どうしてこんなにこじれてしまったのかしら)

 クリスタなりに愛情を伝えていたつもりなのだが、どうやらそれはヴィルクリフには伝わっていなかったらしい。
 そして、ことがここまでこじれてしまうと、どうしたらいいのか、クリスタにはよくわからなくなってしまっているのだ。

(そもそも、嫉妬……私、あんまりヴィルにもミリーにも嫉妬していない気がするわ)

 実は、ヴィルクリフの居ないところでは、クリスタとミラベルは割と仲良くしている。
 彼女は、クリスタがヴィルクリフの反応に困っていることも知っていて、共感してくれているのだ。
 しかし、ここでミラベルがクリスタ側についてしまうと、ヴィルクリフの精神が崩壊する恐れがあったので、表面上は距離を取って過ごしている。
 ミラベルは本当にできた女性である。

「もうすぐ出産なんだから、悩み事を抱えてたらだめよ~」
『人間の出産は命の危険を伴うと文献で見た。心身の状態を万全にして臨むべきである』

 ケイトの気遣いを、クリスタは素直に受け取り、そのまま彼女に抱きつく。

「あらあら~、クリスタはお母さんになるのに、子どもみたいね~」
「うん。私、ケイトの子どもになる」
「この間は、夫だって言っていた気がするわ~?」
「夫も姉妹も子どもも、全部もらっちゃう」
「贅沢者だわ~」

 けらけら笑っているケイトに、クリスタもほほ笑む。

 ケイトが居るから、クリスタはヴィルクリフに冷たくされても大丈夫だった。
 第二妃ミラベルの配慮があるおかげで、夫の寵愛を失ったクリスタに冷たく当たってくる臣下や使用人もいない。
 ヴィルクリフがあまりクリスタの前に単独で現れなくなったこと以外は、変わらずに過ごすことができている。


   ~✿~✿~✿~

 そして、クリスタは出産の日を迎えた。
 生まれたのは、珠のような可愛い女の子だ。

「アイリス」

 初めて腕に抱いた我が子は、なんだかお猿さんのような見た目をしていたけれども、クリスタはこれほどに可愛い存在はこの世にいないと思った。

「アイリス、こんにちは。あなたに会えて嬉しいわ」

 涙も気持ちも止まらなくて、クリスタは何度も何度も、愛しい娘の名前を呼ぶ。

「妃殿下。王太子殿下がいらっしゃっていますが、お会いになられますか」
「えっ」
「妃殿下の陣痛が始まってからずっと、部屋の外にいらっしゃいます」

 医師の言葉に、クリスタは目を丸くする。
 もう興味がないのだと思っていたけれども、彼は娘のことを気にかけてくれていたのか。

「も、もちろんよ。入れてあげて」

 部屋に入室したヴィルクリフは、クリスタとアイリスを見て、しばらく放心した後、呟くように尋ねた。

「……抱いても、いいか」

 クリスタが頷いたので、医師が彼に赤子の抱き方を伝えた後、アイリスがヴィルクリフに手渡される。
 腕の中に収まった小さな命に、ヴィルクリフが、ポロリと涙をこぼした。

「可愛いでしょう?」

 クリスタが自慢げにそう言うと、ヴィルクリフは一言、「そうだな」と呟いた。
 その後、長い間、ヴィルクリフはアイリスを抱いたまま、見つめていた。


   ~✿~✿~✿~

 それから、ヴィルクリフの態度がさらに変わった。
 クリスタの産褥期が終わった後、毎日のように彼女を抱きつぶすようになったのだ。

「ヴィル、あの、ミラベル様も妊娠しているし、彼女にも顔を見せたら……」
「ほかの女の名前を出すな」

 それは妻であるクリスタが言うべきセリフのような気がする。
 夫の口から聞くのは、なんだかおかしいような。
 しかし、それを言うと怒らせることはわかっているので、クリスタはとりあえず黙ることにする。

 ただ、困っていることもあった。

(私、最近、息しかしてないわ……!)

 今のクリスタは、毎夜毎夜が重労働で、午前中はほとんど使い物にならないのだ。
 昼頃にようやく再起動して、二十四時間体制で複数の乳母が交代で付き添うアイリスと遊び、アイリスの服や玩具などの生活用品をそろえる話をほんの少しだけ進めた後、夜にはヴィルクリフの相手をしている。
 王太子妃の使命の中で、出産・育児は最重要項目となっているので、元々、出産後はしばらく仕事は免除されていた。
 しかし、それにしても、日がな毎日、食べて寝て多少アイリスと遊んでヴィルクリフの相手をしているだけというのは、どうなのだろうか。

 なお、ヴィルクリフは以前と変わらず、普通に朝から夜まで仕事をしているらしい。

(どういうことなの……あんな短い睡眠時間で……同じ人間のはずなのに……)

 人体の不思議、いや、ヴィルクリフの不思議に頭を抱えながらも、クリスタがソファに座ってため息をついていると、ことりと目の前のテーブルにお茶が置かれた。

「喉に良いお茶よ~」
「ありがとう……」
『クリスタの発する音声がかすれている』
「飴も用意しているから~」
「本当にありがとう……」

 ケイトの優しさに思わずじわりと視界が歪む。
 疲れている様子のクリスタに、ケイトは隣に座って、手を握ってくれた。

「クリスタ、大丈夫~?」
「うん、大丈夫よ」
「まあ、そのうち収まるんじゃないかしら~。ほら、懐妊したら、陛下だって~」
「あ、それはないの」

 クリスタの言葉に、珍しくケイトが目を丸くする。

「あの人、避妊してるから」

 ヴィルクリフは、クリスタとの二人目の子を作る気は、今のところないらしい。
 どうやら彼はまだ、色々とこじらせているようなのだ。
 それがわかるから、クリスタは彼のやることに、異を唱えない。

「どうしたらいいのかしらね」

 首をかしげるクリスタを、ケイトは静かに見ている。


   ~✿~✿~✿~

 その後、ほどなくして、ミラベルは第一子イルゼを出産した。
 アイリスと同じ年の娘だ。

 それから、ヴィルクリフは第三妃を娶った。
 テレスティナ=ティアニーという伯爵令嬢で、またしても金髪碧眼の、控えめな女性だ。
 そして、アイリスとイルゼが生まれてから一年半以上が経過し、第二妃ミラベルと第三妃テレスティナの妊娠が判明。その後、出産した。

 その間、ヴィルクリフとクリスタの関係性は変わらなかった。
 彼は飽きもせずに、ほぼ毎日クリスタの下にやってきて、月に数日だけ、第二妃と第三妃の下へと向かう。

 けれども、事態が動いた。

 ケイトとヴィルクリフが接触したのである。


   ~✿~✿~✿~

 ある日の午前中、クリスタが寝台でまどろみながら、ゆっくりと目を開けると、寝台の横で会話をしている夫ヴィルクリフと侍女ケイトの姿があった。
 目を覚ましたクリスタに二人は気が付いていないのか、お互いだけを見て会話を続けている。
 クリスタを起こさないようにとの配慮なのか、会話の音量は小さく、内容がうまく聞き取れない。

 そしてなんと、そのままヴィルクリフが、ケイトを近くのソファに押し倒して服に手をかけたのだ。

「あらあら~、陛下ったら、急すぎますわ~」

 その声をきっかけに、クリスタの視界が真っ白に輝いた。
 なにが起こったのかよくわからないまま、くらくらとする頭を押さえた後、違和感に気が付いた。

 自分の体の下に、ケイトが居る。
 赤い長椅子に、黒髪が散らされ、紫色の水晶がこちらをうっとりと見ている。

「……ケイト?」

 その声にケイトは何度か目を瞬いた後、「あら~?」と首をかしげた。
 その様子に、クリスタは息を呑む。
 白い肌に豊満な体つき。
 いつも首元まで詰まった服を着ている彼女が、ヴィルクリフの手によって乱れた姿をしている。
 顔が上気し、ぽってりとした唇は潤み、クリスタを見つめていて。
 そしてなんだか、いつもよりずっと強く、ケイトの色香が理性をかき乱す。

「ごめんなさい、クリスタ~。私、やってしまったみたい~」

 頬に触れてくる細い手が柔らかくて、クリスタはビクリと体を震わせる。
 今にも飛びついてしまいたい気持ちを抑えながら、クリスタはなにが起こったのかを尋ねた。

「なんだか、今ので魔法が発動してしまったみたいで~」
『入れ替わりが途中で終わった。ヴィルクリフはまだその体の中に居る』

 言われてようやく、クリスタは自分がヴィルクリフの体の中に居ることに気が付いた。
 太い腕に低い声。なんだかいつもよりも力に満ちている気がするし、ケイトの魅力に抗うのがあまりにも難しい。

 ヴィルクリフが体の中に居るとのことだが、どうやら今のヴィルクリフの体は、クリスタだけの支配下にあるようだ。
 彼の声がクリスタに聞こえてはいないし、ケイトのように、違う魂によって勝手に口が動くということもない。

「ええと、これはつまり、ヴィルがケイトを第四妃にしようとしたってことなのかしら」
「妃かどうかはわからないけれど~、そうなのかも~」
「ごめんなさい、ケイト。怖かったわよね」
「いいえ~?」
「え?」

 目を丸くするクリスタinヴィルクリフに、ケイトはふわりとほほ笑む。

「私が私のクリスタの夫のものになるなら、それは素敵なことじゃない~?」

 その言葉を聞いて、クリスタはカッと目を見開いた。

 クリスタは、ケイトが欲しい。彼女の夫も姉妹も子どもも、すべてをクリスタで占めてしまいたいと常々思っている。
 クリスタはヴィルクリフが好きだ。ヴィルクリフの望みをかなえてあげたい。
 ヴィルクリフはどうやら、ケイトとねんごろになりたいらしい。
 ケイトはクリスタを好きでいてくれている。そして、ヴィルクリフに身をゆだねるのは、別に問題ないと言っている。

 クリスタとケイトの仲にいつも嫉妬しているヴィルクリフ。
 ケイトごとヴィルクリフのものになってしまうというのは、もしかして、根本的な解決策になるのでは?

「わかったわ、ケイト。私、わかっちゃったの」
「ええと~、それはたぶん、わかっていないんじゃないかしら~?」
『クリスタがここ二年間で見たことがないような輝きを見せている』
「このまま遂行しましょう」
「遂行~?」
「ヴィルクリフの望みを叶えるの。彼の喜びに繋がるなら、私も本望だわ!!!」

 よこしまな思いに大量の建前が備わったクリスタ。
 人生で一番輝いている彼女は、語尾が息荒くなってしまうのはきっと男の体に入っているせいだと自分に念じながら、ケイトの返事を待つ。

『ヴィルクリフの望み?』

 すっと長いまつ毛を伏せ、表情を消したケイトに、クリスタは人生で一番ドキドキしながら、その返事を待った。
 長い間考え込んでいたケイトは、思考が固まったのか、ゆっくりと目を開く。

『ヴィルクリフから行動に移したのだから、問題はないと思う』


   ~✿~✿~✿~

「ということで、ヴィオレッタが生まれたのよ」

 シーンと静まり返った居間に、第一王妃クリスタの声が響く。

 ケイトはニコニコほほ笑みながらお茶を飲み、「あら~、ちょっと冷えちゃったわね~」と呟いて、替えのお茶を精霊達にお願いした。

 私は最初から知っていたので、特段何も思うところはないが、とりあえず、反応がない周囲を見渡す。
 アイリス姉さまは呆然として固まっているし、マイケルもミゲルもメルヒオールも、同じ表情で青ざめていた。
 一応、四人には、登場人物の主観を除き、おおよその内容を伝えていたのだが、それでも刺激が強すぎたらしい。

 その中で、最初に我に返ったのは、マイケルだ。

「あの、些末なことで申し訳ないのですが。今のお話だと、年齢が合わないのではありませんか?」
「年齢?」
「はい。第一王子ウィリアム殿下と第二王子エクバルト殿下は、ヴィオレッタと同じ年だったはずです。その、行為に及んだ時点で秋生まれの殿下お二人が既に生誕されていたということは、ヴィオレッタは一つ年下になるのでは」
「ヴィオレッタは、あれの翌日に生まれたのよね」
「びっくりしたわ~。十月十日って要らないのね~」
「それで結局、大騒ぎになって、魔女協会にも通報されてしまったのよ」
「まあ通報されなくも~、魔女協会の長である生誕の魔女リルフィリル様には感知されてしまっていたみたいなので~、どのみちバレていたかと~」

 頭を抱えたマイケルは、「そうですか……」とだけ呟いて撤退した。
 代わりに、アイリス姉さまを支えているメルヒオールが、今度は質問する。

「ですがその。結局、陛下はクリスタ殿下を、その、傷つけることになったのですよね?」

 最終的に、クリスタはヴィルクリフに刺されたのだ。
 それは、問題の行為が、ヴィルクリフの望んだことではなかったからではないのか?

「うーん。それが、私にはよくわからなくて」

 ——あっ、そういう感じなんだ。

 クリスタの言葉に、アイリス姉様も、マイケル達も、そんな思いを抱いたのであろうことがありありと浮かんだ表情をしている。

「ヴィルったらあの後数日、大変なことになってしまって」
「大変なこと、ですか?」
「私とケイトの顔を見ると、顔を真っ赤にして変な声を上げて逃げてしまったり、執務を休んで自室でうなされたりしていたんだけれど」
「それは大変なことですね」
「とうとう刃物を持ち出して、自分を刺そうとしたから、慌てて庇ったのよ」

 目を丸くするアイリス姉さま達に、クリスタは困ったようにほほ笑む。

「そこからのことは、私、あんまり覚えていなくて。気が付いたら、精神体としてケイトとケイティと一緒に、魔女の国に来ていたの」
「魔女のケイトと分離していてややこしいから~、ケイトからケイティに呼び名を変えたのよね~」
「そうそう。ケイトって呼ぶと、みんなが魔女のほうのケイトだと思ってしまうから、大変だったのよね」

 ニコニコほほ笑んでいるクリスタとケイトに、一同はあいまいな笑みを浮かべるばかりだ。

 そして、この緑色の屋根の家でアイリス姉さま達が得た情報は、ここまでだった。


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