敵国から嫁いできた悪役王女……のつもりだったのですが、めちゃくちゃ大事にされている上に、契約結婚になるようです。


 第二王妃ミラベルとの和解の翌日。
 私とアイリス姉さまは、ヴィルクリフの私室にやってきていた。

 ヴィルクリフは、ソファに腰かけたまま、私達を見ない。
 私達を、手招きすることもなく、立ち上がることもなく、ただひたすら、手元にある本に目を落としている。

「お父様。私達、明日にはこの国を立ちます」

 アイリス姉さまの言葉に、ようやくヴィルクリフは顔を上げて、私達二人を見た。

 しばらく沈黙が続いた後、ヴィルクリフはアイリス姉さまを見る。

「どうしても行くのか」
「はい」
「この国を捨てるのか」

 その言葉に隠されているものに、アイリス姉さまは思わず笑みをこぼす。

「私はどこにいても、お父様の娘です」

 目を見開くヴィルクリフに、アイリス姉さまは、私の手を取って、続ける。

「ヴィオレッタもね」

 私は、久しぶりに、アイリス姉さまが父と呼んだ男を、真正面から見つめた。

 男は一年前よりも、なんだか年を取ってしまったような気がした。
 新緑の色の瞳は濁り、その下には、深くクマが刻まれている。

 私が彼を見ていると、男は眉根を寄せ、いぶかしむようにつぶやいた。

「なんだその顔は」

 男は私に向かって、言葉を発している。

「人間みたいじゃないか」

 そう問われたので、答えることにした。
 私はもう、答えを持っているから。

「私は人間です」

 男の顔に、驚きが浮かび、次いでなにかをこらえるような、不思議な表情に変わった。

「そうか。そうだったか……」

 ギュッと右手を握りしめる手に力がこもったので、右手を振り仰ぐと、アイリス姉さまが優しくほほ笑んでくれる。

「ヴィオレッタ。俺の視界から、勝手に出ていけ」

 それだけ言うと、父は本に目を戻してしまい、もう、私達を見なかった。

「……お父様。またね」

 それだけ言って、私はアイリス姉さまの手を引いて、扉の外に出た。
 もう私があの人に会うことはないのかもしれないけれど、これでいいのだ。

 二人で手を繋ぎ、王宮の廊下をとぼとぼと歩いていると、アイリス姉さまが笑いだした。

「ヴィヴィも罪作りね」
「そうですか?」
「あの人、泣いてたわよ」

 アイリス姉様は、首をかしげる私に、くすくす笑っている。
 その言葉が、なんとなくくすぐったくて、私はそのよくわからないむずむずとしたものをごまかすように、アイリス姉様の腕にしっかりと抱き着いた。

< 180 / 181 >

この作品をシェア

pagetop