敵国から嫁いできた悪役王女……のつもりだったのですが、めちゃくちゃ大事にされている上に、契約結婚になるようです。

第8章 エピローグ


 私達は帰国後、結婚式の準備に取り掛かることになった。
 ドレスの準備に始まり、招待状の送り先の調整や式場や料理の手配まで、大忙しである。

「こっちのドレスのほうがいいです。いえ、こちらのドレスも捨てがたいです」
「ヴィヴィ。あなた、こんなに優柔不断だったかしら」
「全部試着した姿を見たいんです」
「欲望を満たすためじゃなくて、当日に着るドレスの型を選ぶのよ!」

 純白のドレスに身を包んだアイリス姉さまになにを言われても、私はニコニコとほほ笑むばかりだ。

 そう、結婚するのは、私ではない。
 アイリス姉さまとメルヒオールが結婚するのである。


   ~✿~✿~✿~

「私とアイリスの結婚について、ヴィンセント国王の了承を得てきました」

 一か月前、マグネリア王国に帰国した後、王家のだんらんの場で改めてそう報告したのは、第三王子メルヒオールだ。

 隣にいるアイリス姉さまは、顔を赤くして目をそらしている。
 可愛い。
 恥じらうアイリス姉さまは、本当に可愛い。

「ヴィヴィ、ここはそういう場面じゃないのよ!」

 結婚報告の場で、アイリス姉さまに横から抱き着いて叱られている私に、マグネリア国王夫妻も王子達も笑っている。

 実は、私の婚約について詳細が決まらない横で、メルヒオールはアイリス姉さまを口説き続けていたのだ。
 そして、魔女ヒルヴィスの件の後、私からヴィンセント王国の真実を聞いたアイリス姉さまは、王太子であることを放棄し、メルヒオールと結婚する決意を固めた。

 私としては、心の友メルヒオールならばアイリス姉さまを幸せにしてくれることは間違いないので、二人の結婚自体に反対する理由はない。

 満足そうにアイリス姉さまに抱き着いている私を見て、メルヒオールは肩をすくめた。

「まあ、いいんじゃないかな。それでこそヴィヴィというか」
「メルヒー、好きです」
「ちょっと、色々と誤解を生む発言はやめてくれるかな!? ヴィンセント王国の経緯を聞いた後だと、洒落にならないから!!」

 青ざめるアイリス姉さまとマイケル達を横目に、メルヒオールが盛大に私の好意を拒絶してくる。
 私の心の友は、やはりドライなのだ。



   ~✿~✿~✿~

 そして現在。
 夕食後、一家団らんの場でくつろいでいる中、第一王妃ナサリエがアイリス姉さまに尋ねた。

「それで、アイリスちゃん。ドレスの型は決まったの?」

 アイリス姉さまのウェディングドレスは、当然だが、特注で作ることになっている。
 今日は、どの型のドレスがアイリス姉さまの魅力を最大限に際立たせるのかを確かめていたのだ。

 しかし、そのドレスの型選びに三時間をかけてしまい、その後のスケジュールがいくつが飛んでしまった。
 そのことを聞いての質問である。

「はい、一応……この、シンプルなAラインのドレスにしようかと」
「あら、いいんじゃないかしら! お姫様っぽくて素敵だわ!」
「スリーブ付きなのね。華やかで素敵ねぇ」

 王妃二人とアイリス姉さまは、決めたドレスのデザイン画を見ながら、楽し気に語り合っている。

 ひとしきりドレスについて語りつくしたのか、顔を上げたアイリス姉さまが、ふと、私を見た。

「それにしても、ヴィヴィには反対されると思っていたわ」
「なぜですか?」
「だって、その。マイケル殿下との恋仲を疑って、変な方向に暴走していたじゃない」

 目を丸くするメルヒオールに、ハッとしたアイリス姉さまは、慌てて「違うの! なにもないのよ、本当に誤解で!!」と叫んでいる。
 ここでメルヒオールがマイケルとの恋仲問題に捕らわれてしまったら、マグネリア王国が第二のヴィンセント王国になってしまうので、アイリス姉さまは必死である。

 決死の覚悟で誤解を生じさせまいと奮闘するアイリス姉さまの横で、私はふふんとほほ笑んだ。

 確かに、あの時の私は慌てていたし、動揺していた。
 しかし、今の私は違う。
 ちゃんと秘策があるのだ。

 自信満々の私の姿に、マイケルがうろんな目でこちらを見てくる。

「ヴィオレッタ。なにをたくらんでいるのか、この場で吐きなさい」
「なにもたくらんでいません」
「ヴィオレッタ」
「……」

 マイケルがしつこいので、私は仕方なくマイケルを壁際に呼び、耳元でこう囁いた。

「じゃあ、今夜……詳細を話しに、お部屋に行きますね」

 一気に真っ赤になったマイケルは、何もないところで足を滑らせて柱に頭をぶつけて気絶してしまった。
 一家団らんの場に悲鳴が上がった。

 私はとりあえず、思ったことを口にする。

「ああっ、誰がこんなひどいことを」
「ヴィヴィ、あなたのせいよ、あなたの!」
「アイリス姉さま。私は悪くないです」
「ケイトさんの真似をしないの!!!」

 呼びつけた医師に診てもらったところ、マイケルはたんこぶを作っただけで済んだらしい。
 前回といい今回といい、丈夫な男である。

 なんだかんだすぐに目を覚ましたマイケルに、床で膝枕をしていた私は、その場で確認する。

「今日はマイクとお話しするのは難しそうなので、今夜は先にミゲル殿下のところに行きますね」
「僕が君の所に行くからどこにも出かけないように」
「ヴィオレッタが私に話があるというのであれば、まずは兄上がお聞きになる前に私が聞きますね!」
「毒見をする献身的な弟みたいな顔をして横から出てくるんじゃない!!」

 マイケルは私の膝に張り付いたまま、真顔でミゲルを叱りつけている。
 ミゲルはそんなマイケルに必死に言い募った。

「すごくシュールな図だね、マクシム」
「これが僕達の兄だと思うとちょっと恥ずかしいよね、モーリス兄上」

 そんなふうに弟達に揶揄されながら、床近くでもめ続けるマイケルとミゲル。
 すると、見かねた王妃二人に、私は手招きされた。
 速攻でマイケルを起こして立ち上がり、ウキウキで二人にお呼ばれした私に、王妃二人がこっそり、マイケルとミゲルに話したい内容について尋ねてくる。
 私が二人の耳元で、こそこそと内容を伝えると、二人とも天井を見つめながら、「「あ~……」」と声を漏らした。

「それは、その……」
「とりあえず、先に、マイケルのところに行ってあげてね」
「わかりました」

 それだけ言うと、王妃二人はマイケルとミゲルのところにてくてくと歩いて行った。

「母上、あの……」
「……なんでしょうか」

 小さくなっている息子二人に、二人の王妃は、「あなた達がへたれているから!」「もっとしっかりしなさい!」とだけ言って、私のところに戻ってきた。

「そうとなったら準備しましょうか」
「ヴィヴィちゃんはこちらにいらっしゃい」

 そのまま私は、二人の王妃に連行された。
 マイケルとミゲルの視線を感じたけれども、まあいいかと、私はウキウキで二人についていった。



   ~✿~✿~✿~

「……ヴィオレッタ。マイケルだけど、入ってもいいかな」

 夜、律儀にマイケルは私の寝室にやってきた。

「だめです」
「えっ」
「先にこれで目を隠してください」

 扉を少しだけ開けて、私は黒い帯を差し出す。

「なにを企んでいるんだ」
「マイクとお話をしようかと」
「目隠しをして」
「すぐに外してあげますから」

 マイケルは扉の向こうで悩んでいるようだ。
 しかし最終的には、帯を手に取った。

「それで、次は?」

 私は扉を開け、目隠しをしているマイケルの手を取って、部屋の中に誘導する。
 不安そうにゆっくり歩いている彼を見るのは、なんだか楽しい。
 これは、そのままにしたほうがいいのではないか?

「ヴィオレッタ」
「……ちゃんとはずしますよ」

 心を読んでくる無粋な王太子様に、私はむくれながら、彼を寝台に座らせる。

 そして、目隠しをゆっくりと外した。

「なんて格好をしているんだ君は!!!!」

 今の私が着ているのは、二人の王妃が用意したお洋服である。
 下着の定義について疑問を感じる紐のようなランジェリー、その上に、微妙に大事なところだけを隠しているスケスケの黒のベビードールを着て、さらになんだかんだ透けている素材のガウンを羽織っている。

「あんまり透けすぎているのも露骨でよくないですよね。でも、王妃様達が、『これくらいしないと息子達はわからないから』って」
「息子になにをわからせたいんだあの人達は!?」
「マイク。私と結婚しませんか?」

 口をぱかっと開き、その場で固まったマイケルに、私は(やっぱり)と頷く。

 ゆっくりと彼の武骨な手に、指を絡めると、びくりと体が跳ねて、淡い水色の瞳が潤んだ。
 上気していく顔が、なんだかとても可愛らしくて、そっと耳元に口を寄せて、彼が望んでいるであろう言葉を囁いた。

「——契約結婚ですよ」
「その格好で申し込んでおいて!?」
「この服は王妃様達の意向なので」
「それはそうだったね!! しかし着たのは君の意思では!?」
「だって、マイクは私と本当の結婚をする予定はないでしょう?」

 私の言葉に、マイケルは唖然とした顔をしている。

 ちゃんとわかっているのだ。
 私はまだ、マイケルを落とせていない。
 でも、契約結婚くらいならしてくれると、以前に言っていたから、これなら受け入れてくれるのではないか。

「私、結局マイクを落とせませんでした。アイリス姉さまからもらった使命だったのに」
「使命?」
「でも、アイリス姉さまがメルヒーと結婚することになったので、使命が終わってしまいました」
「……とりあえず、続きをどうぞ」
「このままでは、アイリス姉さまとメルヒーが結婚して、私はヴィンセント王国に戻されてしまいます」
「この間、似たようなことを言っていたね」
「そこで思いついたのです。私もこの国で結婚すれば、アイリス姉さまと一生一緒に居られるのだと」
「……似たようなことを、言っていたね」
「なので、マイク。私はこの国に居たいので、私と契約結婚してくれませんか?」
「……僕が断ったら?」

 その言葉に、私はなんだか、ぎゅっと胸が痛くなって、思わず目に涙が浮かぶ。

 それを見たマイケルが、慌てて「違う!」と叫んだ。

「た、例え話だ! 例えば、僕が断ったら、そんなことはなくなくなくなくもないかもしれないけど、どうするつもりなんだ?」
「ミゲル殿下に」
「ミゲルに」
「この体をあげようかと」
「……ミゲルとは、契約結婚ではなく?」
「はい。ミゲル殿下とフローラちゃんなら、そのままくんずほぐれつ」
「少し待とうか」

 口をふさがれた私は、むがむがとマイケルに抵抗する。
 しかし、マイケルは頭痛がしたような苦い表情のまま、手を放してくれない。
 仕方がないので、ぺろりと手のひらをなめると、マイケルが「わっ」と声を上げたあと、凌辱された乙女のような顔でこちらを見た。

「マイクはこういうのが好」
「いいから! ええと、整理しようか。君は僕と契約結婚をしたい。それが叶わないなら、ミゲルとフローラが、君の体を使って結婚する?」
「私、猫になってアイリス姉さまの傍に居ようと思うんです」

 目を丸くするマイケルに、私は俯く。

 私は、私なりに色々と考えたのだ。
 私の幸せはなんなのか。
 アイリス姉さまの幸せはなんなのか。

 そして、マイケルやミゲル、メルヒオール。この国で出会った人達の幸せは、一体なんなのか。

「私、わかっちゃったんです。きっとそれが、みんなが一番幸せになれるんだって」
「ヴィオレッタ」
「だから、マイク。私がこの国に居ることを、許してくれませんか」
「ヴィヴィ、聞いて」
「マイクは、私が、要らないかもしれないけど……邪魔にならないように、するから」

 視界が歪んで、前が見えない私を、マイケルが抱きしめる。
 そうすると、不思議と胸が温かくなってきた。
 これはきっとマイケルが、私になにか魔法をかけたせいに違いない。

「これは、母上達に怒られて当然だな」
「……ごめんなさい」
「君は悪くないんだ。僕が悪い」
「……?」
「君が好きだ、ヴィオレッタ」
「えっ?」

 震える声で言われたそれに、私は驚いて目を見開く。

「僕は君を、妻に迎えたい」
「け、契約結婚……」
「そうじゃなくて! ……完敗だよ、ヴィオレッタ。僕はずっと、それを君に申し込んだことを後悔してる」
「……本当に?」

 マイケルの腕が緩み、私の顔を間近にのぞき込んできた。
 なんだかまぶしいものを見るようで、目をそらしたいのに、そらすことができない。

「ヴィオレッタ=フォン=ヴィンセント。僕と結婚してくれませんか」

 結局、マイケルは私が了承していないのに、勝手に何度も口づけをしてきた。
 まるでどこかのヴィンセント国王のように、手が早い男である。

「そんな顔で文句を言われてもなぁ」
「どんな顔だって言うんですか」
「言うと怒るから、言わない」
「マイク」
「……」
「——あっ、二十二時です」
「えっ?」

 時計の短針が十を指しているのを見た私は、ぴゃっと飛び上がる。

「それじゃあ、マイク。私は寝るので、自室にお戻りください」
「え!?」
「話は済みましたので」
「は、話……話は済んだかな!? 本当に!?」
「はい」
「だ、だけど、夜はまだ」
「未婚の子女は、二十二時には寝ないといけないと言われているので」

 私の人生における大好き大事大切重要ランキング一位にダントツで輝いているアイリス姉さまに、言われているので!

 にっこにこで見送りをする私に、マイケルは血の涙を流しそうな、敗戦国の戦士のような顔つきで、扉へと向かった。

 そして、彼が扉から出て行こうというというその時に、私は忘れていたことに気が付いたのだ。

「マイク」
「うん? どうし……」
「好きです」

 出ていく彼の後ろから、ぎゅっとしがみつくようにして、私は小さくそれだけ呟く。

 マイケルと結婚することになるのであれば、ちゃんと言おうと思っていたのだ。

 私に『好き』を教えてくれた、マイケル=ミゼル=マグネリア。
 彼と居ると、楽しくて、心が温かくて、居心地が良くて。
 アイリス姉さまとは違うけれど、アイリス姉さまと同じで、私を大切に思ってくれている人。

 この気持ちは、アイリス姉さまに対するものとは違うけれど、名前を付けるとしたら、やっぱり『好き』なんだと思う。
 ならば、それはちゃんと、本人に伝えるべきなのだろう。

 でも、顔を見てそれを言うのは、不思議と恥ずかしくて、結局、こんな言い方になってしまった。
 こんな単純な行動を実行するだけなのに、自分がコントロールできないなんて、やっぱり私は、魔女ではなく人間なんだと思う。

「私に『好き』を教えてくれて、ありがとう」



 その後、アイリス姉さまに与えられた、二十二時には寝るという淑女としての使命を果たしたのか果たせなかったのかは、私とマイケルだけの秘密である。



~ 終わり ~

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