花詠み ―雪中花―
第三話
香苗は昼間の優斗とのやり取りについて、考え込みながら夕食を支度した。
罪悪感からか夕食は、優斗の好きなハンバーグにした。
新しい職場と人に慣れたのか、最近は夫の拓真も帰りが早い。
たまにお土産に香苗の好きな餡蜜を買ってきてくれたりもする。
「ただいま。……お、今日はハンバーグか」
拓真の車のエンジン音が聞こえてすぐに、玄関から拓真の声が聞こえた。
「おかえりなさい、ビールも冷やしておいてあるから、風呂上がりにね」
香苗は居間の食卓に置いた皿の上に、熱々のハンバーグを盛り付けながらそれに応えた。
「やった。……優斗、飯だぞ~!」
「お父さんおかえり! 今行くよ」
優斗の声が玄関隣の部屋から聞こえる。
この日もそうして三人で夕食を楽しむ一時が始まるはずだった。
香苗と拓真が来月の予定について話していると、右側の席に座った優斗が箸を持ったままある一点をじっと見つめていた。
香苗が優斗の視線を追いかけると、優斗はテレビではなく和室の中央を見ている。
「どうしたの?」
「みやさんが、呼んでる。ご飯を後にしてもいい?」
優斗の様子が昼間よりおかしかった。
頻繁に「みやさん」という女性を気にしている。
今もそうだ。
声も姿も優斗にしかわからない、「みや」という女性を優斗はしきりに探している。
「ダメよ。もうその話はしない約束をもう忘れたの?」
香苗がため息を漏らし、呆れた返事を返す。
「……ごめんなさい」
優斗は視線をハンバーグに戻し、箸で細かく割って食べ始めた。
しかし拓真は、なぜか優斗の話を拾い上げた。
「みやさんは、お友達か?」
「うん!」
嬉しそうに返事をする優斗。
拓真は相槌を打ちながら、優斗から話を聞いていた。
いや、聞き出そうとしていた。
「みやさんは、キラキラした綺麗な着物を着た、優しい笑顔のお姉さんなんだよ」
「うん、それから?」
「水仙が好きなんだ。海が怖いって。あと、春が大嫌いだって言ってた」
香苗が怪訝そうな顔をしながら口を挟もうとするのを、拓真が制止する。
――もう少し優斗から情報を集めるべきだと言わんばかりに。
香苗は拓真が目で合図するのを黙って受け止めた。
ただ優斗の話を聞けば聞くほど、言っている内容が妙に具体的すぎると思った。
まるで本人から直接聞いたかのようだ。
それでも香苗は「子供の空想」ということにして心を落ち着かせた。
本当はそう思い込もうとした。
「そのみやさんは何をしている人なんだ? 学校の先生か?」
拓真はさらに優斗からみやのことを聞いている。
「違うよ。……みやさんは、大切な人がお迎えに来るのをずっと待ってるんだって」
それは単なる子供の空想ではなかった。
もしかしたら、みやという幽霊が優斗にとりついているのかもしれない。
「そうか。でももう暗いからな、みやさんと会うのは明日にするんだぞ?」
拓真がそう告げると、優斗は静かに頷く。
「みやさんもその方がいいって言ってる」
「もうやめて! ……早くご飯食べなさい!」
半ば放置されかけたハンバーグに目を向け、香苗はヒステリックに声を荒げた。
その勢いに優斗は俯きながら食事を続けた。
「そんなに怒ることないだろ」
拓真がフォローするも、香苗の我慢は限界に達していた。
楽しいはずの夕食は、今や重苦しい空気に包まれている。
「ごちそうさまでした」
優斗は皿を空にすると、台所へ食器を下げ、そのまま何も言わずに部屋へ走っていく。
ガタンと勢いよく引き戸が閉まる音がした。
香苗は深いため息をついた。
「小学校の参観日で担任の先生から言われたの。転校してきてからずっと、優斗はクラスの子と打ち解けていないって……」
優斗はもともと友達が作れない子ではない。前の学校では友人が沢山いた子だった。
母親の勘が、優斗に良くない何かが起きていると警鐘を鳴らす。
「仲良くなるのに、いつもより時間がかかっているだけかもしれないだろ?」
拓真は穏やかな声で諭すように告げる。
しかし、香苗の動揺が落ち着くことはなかった。
「たとえそうであっても、誰だって気味が悪いはずよ」
冷静に判断しようと、拓真に伝えるべきことを伝えようと言葉を探す。
「近所の奥さんも、優斗が誰もいない庭で誰かと話しているのを気味悪がっていたわ。もし優斗が見えているのがただの幽霊じゃなくて悪霊だったら――」
拓真は箸を置き、両手で包み込むようにして震える香苗の手を握った。
「それなら明日、神社に行ってみよう。お守りを買って、優斗に持たせれば落ち着くかもしれないだろ?」
拓真はそう告げると、いつものように食事を終えた皿を洗い始めた。
香苗はその横で食器を拭く。
それを終えてから再び明かりのついていない和室の畳を見つめた。
誰もいないはずの和室に、誰かが座っているような気がする。
不意にみやさんと呼びかける優斗の笑顔を思い出し、香苗はゾッと身震いした。
罪悪感からか夕食は、優斗の好きなハンバーグにした。
新しい職場と人に慣れたのか、最近は夫の拓真も帰りが早い。
たまにお土産に香苗の好きな餡蜜を買ってきてくれたりもする。
「ただいま。……お、今日はハンバーグか」
拓真の車のエンジン音が聞こえてすぐに、玄関から拓真の声が聞こえた。
「おかえりなさい、ビールも冷やしておいてあるから、風呂上がりにね」
香苗は居間の食卓に置いた皿の上に、熱々のハンバーグを盛り付けながらそれに応えた。
「やった。……優斗、飯だぞ~!」
「お父さんおかえり! 今行くよ」
優斗の声が玄関隣の部屋から聞こえる。
この日もそうして三人で夕食を楽しむ一時が始まるはずだった。
香苗と拓真が来月の予定について話していると、右側の席に座った優斗が箸を持ったままある一点をじっと見つめていた。
香苗が優斗の視線を追いかけると、優斗はテレビではなく和室の中央を見ている。
「どうしたの?」
「みやさんが、呼んでる。ご飯を後にしてもいい?」
優斗の様子が昼間よりおかしかった。
頻繁に「みやさん」という女性を気にしている。
今もそうだ。
声も姿も優斗にしかわからない、「みや」という女性を優斗はしきりに探している。
「ダメよ。もうその話はしない約束をもう忘れたの?」
香苗がため息を漏らし、呆れた返事を返す。
「……ごめんなさい」
優斗は視線をハンバーグに戻し、箸で細かく割って食べ始めた。
しかし拓真は、なぜか優斗の話を拾い上げた。
「みやさんは、お友達か?」
「うん!」
嬉しそうに返事をする優斗。
拓真は相槌を打ちながら、優斗から話を聞いていた。
いや、聞き出そうとしていた。
「みやさんは、キラキラした綺麗な着物を着た、優しい笑顔のお姉さんなんだよ」
「うん、それから?」
「水仙が好きなんだ。海が怖いって。あと、春が大嫌いだって言ってた」
香苗が怪訝そうな顔をしながら口を挟もうとするのを、拓真が制止する。
――もう少し優斗から情報を集めるべきだと言わんばかりに。
香苗は拓真が目で合図するのを黙って受け止めた。
ただ優斗の話を聞けば聞くほど、言っている内容が妙に具体的すぎると思った。
まるで本人から直接聞いたかのようだ。
それでも香苗は「子供の空想」ということにして心を落ち着かせた。
本当はそう思い込もうとした。
「そのみやさんは何をしている人なんだ? 学校の先生か?」
拓真はさらに優斗からみやのことを聞いている。
「違うよ。……みやさんは、大切な人がお迎えに来るのをずっと待ってるんだって」
それは単なる子供の空想ではなかった。
もしかしたら、みやという幽霊が優斗にとりついているのかもしれない。
「そうか。でももう暗いからな、みやさんと会うのは明日にするんだぞ?」
拓真がそう告げると、優斗は静かに頷く。
「みやさんもその方がいいって言ってる」
「もうやめて! ……早くご飯食べなさい!」
半ば放置されかけたハンバーグに目を向け、香苗はヒステリックに声を荒げた。
その勢いに優斗は俯きながら食事を続けた。
「そんなに怒ることないだろ」
拓真がフォローするも、香苗の我慢は限界に達していた。
楽しいはずの夕食は、今や重苦しい空気に包まれている。
「ごちそうさまでした」
優斗は皿を空にすると、台所へ食器を下げ、そのまま何も言わずに部屋へ走っていく。
ガタンと勢いよく引き戸が閉まる音がした。
香苗は深いため息をついた。
「小学校の参観日で担任の先生から言われたの。転校してきてからずっと、優斗はクラスの子と打ち解けていないって……」
優斗はもともと友達が作れない子ではない。前の学校では友人が沢山いた子だった。
母親の勘が、優斗に良くない何かが起きていると警鐘を鳴らす。
「仲良くなるのに、いつもより時間がかかっているだけかもしれないだろ?」
拓真は穏やかな声で諭すように告げる。
しかし、香苗の動揺が落ち着くことはなかった。
「たとえそうであっても、誰だって気味が悪いはずよ」
冷静に判断しようと、拓真に伝えるべきことを伝えようと言葉を探す。
「近所の奥さんも、優斗が誰もいない庭で誰かと話しているのを気味悪がっていたわ。もし優斗が見えているのがただの幽霊じゃなくて悪霊だったら――」
拓真は箸を置き、両手で包み込むようにして震える香苗の手を握った。
「それなら明日、神社に行ってみよう。お守りを買って、優斗に持たせれば落ち着くかもしれないだろ?」
拓真はそう告げると、いつものように食事を終えた皿を洗い始めた。
香苗はその横で食器を拭く。
それを終えてから再び明かりのついていない和室の畳を見つめた。
誰もいないはずの和室に、誰かが座っているような気がする。
不意にみやさんと呼びかける優斗の笑顔を思い出し、香苗はゾッと身震いした。