花詠み ―雪中花―

第二話

 この町にやって来て数か月。もう季節は夏を迎えていた。
 香苗は拓真と優斗を送り出し、庭の物干しに洗濯物を干し始めた。
 庭は広く、夫が趣味で植えたミニトマトが大きく育っている。

「やっぱり土が良いわね」

 香苗はじょうろを取り出しミニトマトに水を掛けた。
 その時、視界に黄色と白の水仙が映った。
 もう夏なのに……まだ咲いている?
 不思議に思ったものの、香苗は植物には詳しくない。
 香苗はそういう品種もあるのだろうと思うことにした。
 近くの畑で野菜を取ってきた近所の奥さんが、その水仙を見て怪訝そうな顔をする。

「奥さんところの庭、ずいぶん水仙が長く咲くねぇ……」
「そうですよね……。なんか庭に行く度に増えているんです」

 田舎町だから土と水がいいのかもしれないと思っていた。
 しかし地元の人から見ても、水仙が長く咲くのは不思議な光景なのかもしれない。

「息子もこの水仙を気に入っていて――」

 そう告げると、その奥さんは何か言いたげな表情を浮かべつつも、無言のまま去って行った。
 けれども香苗の中で、今が盛りと何か月も咲き続ける水仙が気になり始めた。
 この水仙の世話をしているのは、主に優斗ということにも。

 -*-

「ただいま!」

 毎日学校から戻ると、優斗は水仙に水を与える。
 しかしその日は、濡れた花を撫でながら、優斗は「みやさん」と呼びかけていた。

「みやさん。今日も水仙が綺麗だよ!」

 香苗が庭を見ても、優斗の視線の先には誰もいない。
 逆に見られているような視線を感じ、香苗は顔を上げる。
 たまたま庭を通りがかった、先ほどとは別の近所の奥さんが、そんな優斗を気味悪げに見つめた。

「おばちゃん、こんにちは!」

 優斗の元気な掛け声に、この奥さんは引きつった笑顔を浮かべた。
 何も言わず眉を顰め取り繕うように、そばにいた香苗に軽く会釈をして立ち去った。
 そんな様子に優斗は首を傾けたが、何でもなかったように他の水仙にも水を配る。
 ちょうど風が吹き、水仙は一斉に花を揺らす。
 香苗にはその様子が、ただ風に揺られたようには見えない。
 居間の隣の寝室に向かって顔を向けたような、そんな気がした。

「……優斗。おやつよ」
「はあい!」

 嬉しそうにベランダから居間に入る優斗は、振り返りながら水仙に向かって声を掛けた。
 優斗の髪からは水仙の花の香りが、ほのかに香る。

「またね、みやさん」
「優斗ったら水仙に名前を付けたの?」

 香苗は気になって優斗に問いかける。
 心の中で胸騒ぎがした。
 聞かない方がいいと思いながら、母としての責任が今聞くべきだと告げる。

「水仙じゃないよ? みやさんはみやさんだもの」
「優斗……」

 それから優斗は「みや」という女性のことを、香苗に話し始めた。
 小学校の同級生達に話しても知らないと言われ続け、誰に話しても「分かって貰えない」と気落ちした様子で答える。

「みやさんは優しくて綺麗なお姉さんだよ。引っ越してきた日に出会ったお友達なのに……」

 そう言いながら優斗はおやつのプリンを食べている。
 その間も水仙の花が咲く庭の方角を気にしていた。
 香苗は優斗があの時話していた相手こそ、みやという存在だったと理解した。

「もうその人の話はしないで。……約束して!」

 香苗は悲痛な声を上げた。

「どうしてみやさんの話をしたらダメなの?」

 優斗には香苗の言わんとすることがわからない。
 純粋になぜダメなのか納得がいかず、首を傾げて口を尖らせるばかりだ。

「誰にも見えないし、分からない人の話をしていると、変な人だと思われるからよ」

 仕方なく香苗は言葉を選んで優斗に説得するように告げる。

「でも僕は見えるし分かるよ?」
「優斗がそんなんだと、家族までそんな目で見られるのよ」

 香苗がヒステリックに告げた一言に、優斗は目を伏せた。

「わかった……」

 優斗が渋々返事をした途端、香苗の全身に冷たい何かが走った。
 部屋を見回しても誰もいない。香苗は気のせいだと思い込むことにした。
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