花詠み ―雪中花―
第九話
夏の虫の音が聞こえる中、寝室に漂う水仙の花の匂いに気が付く。
隣で夫はいつも通りぐっすりと眠っていた。
また、水音が聞こえる――。
水仙の花の香りに混じって潮の香りが漂い始めると、身体がピクリと動かなくなった。
目は閉じることを許されず、身体は何かに捕縛され固定されていた。
それは、しゃりと濡れた足袋で畳をこするような音。
耳の奥から聞こえる?
――いや、枕元の、部屋の外から聞こえてくる。
天井の木目はすべて目に見えた。
そしていつもより近いと感じた。
天井の柱はあんなに太かった……だろうか。
白い壁が古い襖に見え、見覚えのない欄間の彫刻が目に入る。
見慣れたはずの寝室が、見知らぬ和室へと少しずつ変化していった。
何かが起こっている。
けれども香苗にはどうすることもできなかった。
早く解放されたいとそれだけを願い、待ちに待った朝。
ゴミ収集に間に合わなかったごみを、今日も物置に溜め込む。
先日拓真が片付けてくれたのに、もう溜まってしまう。
近所の奥さんが、そんな香苗を見て露骨に嫌な顔をした。
ヒソヒソ話が耳に入る。
香苗にはそれを気に留める余裕すらない。
いつものように限界が来て、睡眠をむさぼる。
夜が怖かった。
母親に電話をかけても、今度はもう繋がることもない。
ツーツーツーと、無情な機械音が、孤独な香苗に追い打ちをかけるように鳴り響いた。
-*-
それから数日後のこと。
優斗は修学旅行に出かけ、拓真も出張に出かけることになった。
この平屋で一人で夜を過ごすなんて、引っ越してきてから初めてのことだった。
不安そうな顔をする香苗を、拓真は抱きしめた。
「最近ずっと眠れないのか? 目が赤いし、腫れてるじゃないか」
「うん……」
「眠くなったら少しだけでもいいから寝ろよ?」
「そう……するね」
拓真の言葉に香苗は静かに頷く。
――きっと大丈夫。ご先祖様だって守ってくれる。
香苗はいつものように神棚に手を合わせた。
そうすることで心が何となく落ち着きを取り戻せた気がした。
隣で夫はいつも通りぐっすりと眠っていた。
また、水音が聞こえる――。
水仙の花の香りに混じって潮の香りが漂い始めると、身体がピクリと動かなくなった。
目は閉じることを許されず、身体は何かに捕縛され固定されていた。
それは、しゃりと濡れた足袋で畳をこするような音。
耳の奥から聞こえる?
――いや、枕元の、部屋の外から聞こえてくる。
天井の木目はすべて目に見えた。
そしていつもより近いと感じた。
天井の柱はあんなに太かった……だろうか。
白い壁が古い襖に見え、見覚えのない欄間の彫刻が目に入る。
見慣れたはずの寝室が、見知らぬ和室へと少しずつ変化していった。
何かが起こっている。
けれども香苗にはどうすることもできなかった。
早く解放されたいとそれだけを願い、待ちに待った朝。
ゴミ収集に間に合わなかったごみを、今日も物置に溜め込む。
先日拓真が片付けてくれたのに、もう溜まってしまう。
近所の奥さんが、そんな香苗を見て露骨に嫌な顔をした。
ヒソヒソ話が耳に入る。
香苗にはそれを気に留める余裕すらない。
いつものように限界が来て、睡眠をむさぼる。
夜が怖かった。
母親に電話をかけても、今度はもう繋がることもない。
ツーツーツーと、無情な機械音が、孤独な香苗に追い打ちをかけるように鳴り響いた。
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それから数日後のこと。
優斗は修学旅行に出かけ、拓真も出張に出かけることになった。
この平屋で一人で夜を過ごすなんて、引っ越してきてから初めてのことだった。
不安そうな顔をする香苗を、拓真は抱きしめた。
「最近ずっと眠れないのか? 目が赤いし、腫れてるじゃないか」
「うん……」
「眠くなったら少しだけでもいいから寝ろよ?」
「そう……するね」
拓真の言葉に香苗は静かに頷く。
――きっと大丈夫。ご先祖様だって守ってくれる。
香苗はいつものように神棚に手を合わせた。
そうすることで心が何となく落ち着きを取り戻せた気がした。