私の運命の人
「え、ちょっと、何ごとですか?」
翌日、いつものようにアルバイトに向かった私は、店内に足を踏み入れるなり驚いた。
大勢の女の子が詰めかけ、クレープ台の周りに集まっている。
「あ、まゆゆ、待ってたの。ご覧の通り、開店直後から坂井くん目当てで大盛況。早速オーダーさばいてくれる?」
「わかりました」
私は急いで手を洗って消毒すると、クレープ台の前に並べられたオーダー表を見ながら作っていく。
隣では坂井くんが鮮やかな手つきで次々とクレープを作っては女の子たちに手渡していた。
「はい、お待たせいたしました。いちごミルククレープです」
「はーい、ありがとうございます」
女の子は受け取ると坂井くんと並んでポーズを取り、それを友達がカシャッと撮影する。
どうやらその流れがお決まりのようだった。
(ってことは、空気を読んで私はこの女の子たちのオーダーは作らない方がいいわね)
そう思い、それ以外のお客様の注文を作っていった。
「二人ともお疲れ様。休憩取ってね」
真由子さんに声をかけられた時には、シフトに入ってから四時間経っていた。
「二人同時に取っても大丈夫ですか?」
「うん、平気。ようやく落ち着いたし、逆にあと一時間後にはまた混み合う時間になると思うから」
「わかりました」
私と坂井くんは二人で休憩室に行き、ぐったりと椅子に座り込んだ。
「はあ、久しぶりにバタバタだったね」
「ほんと。俺、時間の間隔なくなってました。もう二時なんですね。どうりで腹が減ってるわけだ」
「坂井くん、外に食べに行くの?」
「そのつもりだったけど、ダルイっすね。コンビニでなんか買って来ようかな」
「それならおにぎり食べる? 私、作り過ぎちゃったんだ」
え?と坂井くんが身体を起こす。
私はランチバッグの中からおにぎり四つと、卵焼きとからあげが入ったお弁当箱を取り出した。
「はい、好きなの選んで。具はね、さけとゴマ昆布とたらことおかか」
「えー、いいんですか?」
「もちろん。坂井くん、私が受験勉強中に代わりに入ってくれて助かったから、ささやかながらお礼も兼ねて」
「そんな、俺もバイト増やせて助かりましたから。じゃあお言葉に甘えて、たらことおかかにします」
「たらことおかかね」
ラップに包んだおにぎりを二つ手渡し、卵焼きとからあげも半分勧める。
「うまい! これ、先輩の手作りっすか?」
「そうだけど、ただのおにぎりだよ?」
「塩気がちょうどいいです。俺好みで」
「ああ、そうなの。クレープ焼いてると夏場なんかは熱中症になりやすいから、敢えて塩分多めにしてあるの」
「なるほど。一気に身体が元気になりました。ゆりりの元気おにぎりですね」
思わず吹き出して笑ってしまった。
「あはは! 何、そのネーミング。売れなそう」
「俺には売れるっすよ」
「坂井くんには売らないよ。いつでもまた作ってくるね」
「それ、彼女になってってことですか?」
「はいー? まさか。ただの先輩として……あっ! ごめん。坂井くんの彼女に悪いわよね。やっぱりやめておく」
「いや、やめないでください」
え?と私はおにぎりを持つ手を止めて坂井くんを見る。
いつになく真剣な表情を浮かべて、坂井くんはじっとうつむいていた。
「あの、坂井くん? どうかした?」
「俺、言うつもりなかったんですけど、つい……」
「何を? 元気おにぎりってネーミング?」
「違います。先輩、俺の彼女になって作ってくれたらいいなって」
ん?と私は眉根を寄せた。
これは、どういう意図なのだろう。
「おにぎりを作ってくれる人がほしいの?」
「違います。先輩がほしいんです」
あまりにストレートな言い方に、私は思わず息を呑んで仰け反った。
「ちょ、あの、どういう意味?」
「先輩が好きです。去年の夏二人で生徒会室で引き継ぎたあと、一緒に走ってここまで来た時から。先輩と一緒にいたくてここのバイトも決めました。初日に先輩が俺の手を握りながらクレープの焼き方を教えてくれて……。先輩の身体が俺の背中越しに感じられるし、耳元でささやかれるしで、もう心臓バクバクで大変でした」
「いや、私はそんなつもりじゃ……。誰にでも最初はああやってトレーニングしてるし」
「でもあんなの反則っすよ。好きだと思い始めた人にあんなことされて平気な男なんていません。受験の邪魔になるから堪えてたけど、もういいですよね? 先輩、俺とつき合ってください」
こ、こ、これは、告白、ですよね?
(でも、じゃあ、坂井くんが私の運命の人?)
そう思い、じっと見つめてみる。
フェイスラインがシャープで切れ長の瞳とスッと通った鼻筋。
整った顔立ちで、お店に来る女の子たちからも人気だ。
(とてもかっこいい子だと思う。けど……)
それ以上の感情が湧いてこない。
つき合えばきっとそれなりに楽しいだろう。
自慢の彼氏と言えるだろうし、自分を好きでいてくれる気持ちは伝わってくる。
今も私が見つめる先で、どうしたものかと少し視線を落として緊張している坂井くん。
彼が私の運命の人なのだろうか。
今はピンとこないけれど、つき合っていくうちにじわじわとその実感が湧いてくるとか?
すると坂井くんが限界とばかりに顔を上げた。
「あの、先輩。なんかしゃべってください」
「え? あ、ごめん。えっと、何を?」
「それは、まあ。つき合うよって」
「……つき合うよ?」
「えっ、いいんですか? やった!」
「ちょちょ、ちょっと待って」
訊き返したつもりだったのに、間を取ったのがいけなかったか。
どうやら「もちろんつき合うよ?」というニュアンスに受け取られたらしい。
慌てて否定しようとすると、坂井くんは感激の面持ちで拳を握りしめた。
「嬉しい! 俺、ずっと何ヶ月も一人で抱えてて。でもようやく報われました。はあ、嬉しい」
こんなにも感情をさらけ出す坂井くんは初めてだ。
私はどうにも「いや、違うのよ」と言い出せなくなってしまった。
「先輩、ありがとう。俺、大切にするから」
真っ直ぐに見つめられ、私はドキッとする。
こんなにも純粋な気持ちを向けられては、悲しませる言葉を言えるはずもなかった。
(もしかしたら、あとで思えるようになるのかもしれない。坂井くんが運命の人だったって)
そう自分に言い聞かせ、私は坂井くんに頷いてみせた。
翌日、いつものようにアルバイトに向かった私は、店内に足を踏み入れるなり驚いた。
大勢の女の子が詰めかけ、クレープ台の周りに集まっている。
「あ、まゆゆ、待ってたの。ご覧の通り、開店直後から坂井くん目当てで大盛況。早速オーダーさばいてくれる?」
「わかりました」
私は急いで手を洗って消毒すると、クレープ台の前に並べられたオーダー表を見ながら作っていく。
隣では坂井くんが鮮やかな手つきで次々とクレープを作っては女の子たちに手渡していた。
「はい、お待たせいたしました。いちごミルククレープです」
「はーい、ありがとうございます」
女の子は受け取ると坂井くんと並んでポーズを取り、それを友達がカシャッと撮影する。
どうやらその流れがお決まりのようだった。
(ってことは、空気を読んで私はこの女の子たちのオーダーは作らない方がいいわね)
そう思い、それ以外のお客様の注文を作っていった。
「二人ともお疲れ様。休憩取ってね」
真由子さんに声をかけられた時には、シフトに入ってから四時間経っていた。
「二人同時に取っても大丈夫ですか?」
「うん、平気。ようやく落ち着いたし、逆にあと一時間後にはまた混み合う時間になると思うから」
「わかりました」
私と坂井くんは二人で休憩室に行き、ぐったりと椅子に座り込んだ。
「はあ、久しぶりにバタバタだったね」
「ほんと。俺、時間の間隔なくなってました。もう二時なんですね。どうりで腹が減ってるわけだ」
「坂井くん、外に食べに行くの?」
「そのつもりだったけど、ダルイっすね。コンビニでなんか買って来ようかな」
「それならおにぎり食べる? 私、作り過ぎちゃったんだ」
え?と坂井くんが身体を起こす。
私はランチバッグの中からおにぎり四つと、卵焼きとからあげが入ったお弁当箱を取り出した。
「はい、好きなの選んで。具はね、さけとゴマ昆布とたらことおかか」
「えー、いいんですか?」
「もちろん。坂井くん、私が受験勉強中に代わりに入ってくれて助かったから、ささやかながらお礼も兼ねて」
「そんな、俺もバイト増やせて助かりましたから。じゃあお言葉に甘えて、たらことおかかにします」
「たらことおかかね」
ラップに包んだおにぎりを二つ手渡し、卵焼きとからあげも半分勧める。
「うまい! これ、先輩の手作りっすか?」
「そうだけど、ただのおにぎりだよ?」
「塩気がちょうどいいです。俺好みで」
「ああ、そうなの。クレープ焼いてると夏場なんかは熱中症になりやすいから、敢えて塩分多めにしてあるの」
「なるほど。一気に身体が元気になりました。ゆりりの元気おにぎりですね」
思わず吹き出して笑ってしまった。
「あはは! 何、そのネーミング。売れなそう」
「俺には売れるっすよ」
「坂井くんには売らないよ。いつでもまた作ってくるね」
「それ、彼女になってってことですか?」
「はいー? まさか。ただの先輩として……あっ! ごめん。坂井くんの彼女に悪いわよね。やっぱりやめておく」
「いや、やめないでください」
え?と私はおにぎりを持つ手を止めて坂井くんを見る。
いつになく真剣な表情を浮かべて、坂井くんはじっとうつむいていた。
「あの、坂井くん? どうかした?」
「俺、言うつもりなかったんですけど、つい……」
「何を? 元気おにぎりってネーミング?」
「違います。先輩、俺の彼女になって作ってくれたらいいなって」
ん?と私は眉根を寄せた。
これは、どういう意図なのだろう。
「おにぎりを作ってくれる人がほしいの?」
「違います。先輩がほしいんです」
あまりにストレートな言い方に、私は思わず息を呑んで仰け反った。
「ちょ、あの、どういう意味?」
「先輩が好きです。去年の夏二人で生徒会室で引き継ぎたあと、一緒に走ってここまで来た時から。先輩と一緒にいたくてここのバイトも決めました。初日に先輩が俺の手を握りながらクレープの焼き方を教えてくれて……。先輩の身体が俺の背中越しに感じられるし、耳元でささやかれるしで、もう心臓バクバクで大変でした」
「いや、私はそんなつもりじゃ……。誰にでも最初はああやってトレーニングしてるし」
「でもあんなの反則っすよ。好きだと思い始めた人にあんなことされて平気な男なんていません。受験の邪魔になるから堪えてたけど、もういいですよね? 先輩、俺とつき合ってください」
こ、こ、これは、告白、ですよね?
(でも、じゃあ、坂井くんが私の運命の人?)
そう思い、じっと見つめてみる。
フェイスラインがシャープで切れ長の瞳とスッと通った鼻筋。
整った顔立ちで、お店に来る女の子たちからも人気だ。
(とてもかっこいい子だと思う。けど……)
それ以上の感情が湧いてこない。
つき合えばきっとそれなりに楽しいだろう。
自慢の彼氏と言えるだろうし、自分を好きでいてくれる気持ちは伝わってくる。
今も私が見つめる先で、どうしたものかと少し視線を落として緊張している坂井くん。
彼が私の運命の人なのだろうか。
今はピンとこないけれど、つき合っていくうちにじわじわとその実感が湧いてくるとか?
すると坂井くんが限界とばかりに顔を上げた。
「あの、先輩。なんかしゃべってください」
「え? あ、ごめん。えっと、何を?」
「それは、まあ。つき合うよって」
「……つき合うよ?」
「えっ、いいんですか? やった!」
「ちょちょ、ちょっと待って」
訊き返したつもりだったのに、間を取ったのがいけなかったか。
どうやら「もちろんつき合うよ?」というニュアンスに受け取られたらしい。
慌てて否定しようとすると、坂井くんは感激の面持ちで拳を握りしめた。
「嬉しい! 俺、ずっと何ヶ月も一人で抱えてて。でもようやく報われました。はあ、嬉しい」
こんなにも感情をさらけ出す坂井くんは初めてだ。
私はどうにも「いや、違うのよ」と言い出せなくなってしまった。
「先輩、ありがとう。俺、大切にするから」
真っ直ぐに見つめられ、私はドキッとする。
こんなにも純粋な気持ちを向けられては、悲しませる言葉を言えるはずもなかった。
(もしかしたら、あとで思えるようになるのかもしれない。坂井くんが運命の人だったって)
そう自分に言い聞かせ、私は坂井くんに頷いてみせた。