僕らは3人だった 夜が明けるまで

第七話 別れ道

2週間も必要なかった。

陽菜は笑っていた。
何でもないように。
いつものように、委員会の仕事も積極的にして、授業では発表もして、休み時間には友達とふざけあって笑っていた。

だけど、ずっと一緒にいた涼と海人は騙されない。

疲れた表情が一瞬見える。
ため息がもれている。
目の下にはクマが出来ている。

そして、
棚の上にある物を取ろうとした時に見えた痣。
男の教師が近づくと一瞬、身体が震えて真っ青になっている。

もう、十分だった。



「大人に言う」

放課後、海人は陽菜にそう言った。

「ヤダ!駄目!
私、大丈夫だもん!
何もないもん!」

「もう、騙されるわけないだろ」

「お願い、海人くん……。
涼くんと、海人くんと離れるの、ヤダ……!」

目に涙を浮かべる陽菜。
それでも、海人は首を横に振った。

「……ダメだ。お前に嫌われても、これは言う」

「海人……」

涼が静かに呼んだ。
海人がそちらを見る。

涼は陽菜の肩へ手を置いたまま、苦しそうに2人を見比べていた。
そして、

「……海人。今日だけ待って」

そう言った。

「何?」

「今日だけ。僕が陽菜とちゃんと話すから」

「今話してるだろ」

「2人で話したい」

「涼」

「お願い」

涼がこんなふうに頼むことは、今までほとんどなかった。
海人は眉間に皺を寄せる。

「明日になったら?」

「そのときは、僕も一緒に大人に話す」

陽菜が涼を見る。

「涼くん……」

「このままでいいとは僕も思ってないよ」

涼はそう言ってから、海人へ視線を戻した。

「一日だけ。僕にちょうだい」

海人は長い間、何も言わなかった。

断るべきだと思った。
今すぐ母親へ電話してもいい。
担任へ話してもいい。
保健室へ連れていって、痣を見せればいい。

でも。
涼も陽菜も、自分にとっては同じくらい大切な2人だった。
その涼が、自分に一日だけくれと言っている。

「……今日だけだ」

ようやく海人は答えた。

「うん」

「明日になったら、もう待たないからな」

「分かった」

「何言われてもだからな」

「うん」

海人は陽菜を見る。
陽菜は泣いたまま、何も言わなかった。

         
その日の放課後、3人は一緒に帰った。
いつもの道なのに、いつものような会話はなかった。
陽菜が何度か何かを言いかけ、結局口を閉じる。
涼も黙って歩いている。

やがて、いつもの分かれ道へ着いた。
ここから先、陽菜の家へ向かう道と、海人と涼の家へ向かう道が分かれる。
陽菜が立ち止まった。

「……じゃあ、また明日」

涼が陽菜を見る。
それから海人を見た。

「海人」

「ん?」

「僕、今日陽菜ん家行く」

陽菜が驚いた。

「え?」

海人も眉を寄せる。

「今から?」

「うん。さっき言ったでしょ。
陽菜とちゃんと話すって」

「でも涼くん、今日塾が――」

「休む」

「ダメだよ」

「1日くらい、いいよ」

涼は何でもないことのように言った。
陽菜は困ったように涼を見たが、涼はもう決めているらしい。
海人は少し考えてから言った。

「俺も行こうか?」

「今日は僕だけでいい」

「なんで」

「海人いたら、陽菜また意地張るから」

「誰が意地張ってるの」

陽菜が少しだけ頬を膨らませる。
ほんの一瞬。
昔の陽菜が戻った。
涼が笑う。

「ほら」

「意味分からねぇよ」

海人も少し笑った。
本当に少しだけ、いつもの3 人に戻った。

「じゃあ、明日の朝聞くからな」

海人が涼へ言う。

「うん」

「逃げんなよ」

「逃げないよ」

「陽菜もだからな」

「……分かった」

「じゃあ、また明日」

「また明日」

涼が答える。
陽菜も続いた。

「また明日、海人くん」

2 人が並んで、陽菜の家へ向かって歩いていく。
海人はしばらくその背中を見送っていた。
涼が陽菜の家へ遊びに行くこと自体は、珍しいことではない。
小学生の頃なら3人で何度も行った。

雨の日には、陽菜の父親の大きなTシャツを3人で借りたこともある。
陽菜の母親が作ったココアを飲みながら、3 人でくだらないことで笑った。

だからこのときの海人は、
涼が陽菜の家へ行くことに、特別な意味など感じなかった。

「……明日な」

誰に聞かせるでもなく呟いて、海人も自分の家へ向かった。
         


「ただいま」

家へ帰ると、夕食の匂いがした。

「おかえり。手ぇ洗ってきなさーい」

「分かってる」

「海人、今日ゴミ出し頼んだだろー!」

リビングから父親の声まで飛んでくる。

「あ」

「忘れてたな!」

「明日出す!」

「今日だったって!」

「もう回収終わってるわ!」

キッチンから母親の笑い声がした。
いつもの家だった。

海人は鞄を置いて、洗面所へ向かう。
鏡に映った自分を見ながら、昼間の陽菜を思い出した。
本当に。
明日まで待っていいのだろうか。

一瞬だけ。
そう思った。
今からでも母親に話した方がいいのではないか。

「海人ー! ご飯ー!」

母親の声が響く。

「今行く!」

反射的に返事をする。
明日。
明日の朝、涼に聞こう。
涼がちゃんと陽菜と話してくれる。
それで駄目なら、自分が大人に言う。
そう決めたのだから。

海人はリビングへ向かった。
その夜。
母親の料理を食べた。
父親とくだらないことで言い合った。
テレビを見て笑った。
風呂に入った。
布団へ入った。
そして何も知らないまま眠った。

同じ頃。
涼はまだ。
陽菜の家にいたのを、海人は知らなかった。
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