気難しい売れっ子作家の契約妻になりました 〜私にだけは、心を開いているそうですが……?〜
序章
辛いことは、いっぱいあった。それでも、育ててもらった恩を返さなきゃと思っていた。
だから、泣いちゃダメ。ダメ、なのにーー。
(笑って、笑わなきゃ、せめて私はーー)
思えば思うほど、涙は止まらなくなる。
「お姉さん」
「え……?」
ザッと土を踏む音。どうして来てくれるの。締切が近いし、こんな時間。私なんかに会うよりも、原稿に取り組んだほうが、よっぽど有意義な時間になるのに。
来てくれた嬉しさよりも、また誰かに迷惑をかけてしまったという罪悪感がのしかかる。
「そんな家、捨てればいい」
「ダメです。育ててもらった恩がありますから……」
両親を亡くした幼い私を助けてくれたーーおじさん夫婦だから。
「俺が助ける」
「え……?」
どうしてーー私と先生は、会社を通してでしか関わらない人間なのに。
「うまく愛せる自信なんてない。でも、お姉さんを今より辛い目に遭わせない。だから――俺と結婚してくれ。外でだけ、俺の妻として振る舞ってくれればいい」
思いもしなかった言葉に、私の目は丸くなる。
午後十時過ぎの公園で、私は気難しい漫画家先生から、“契約結婚”を申し込まれました。