今夜も執事は、お嬢様を手放さない
姫宮家の車が学園の正門前に止まると、ことはは小さく息をついた。

「着きましたよ、お嬢様」

「うん……」

 まだ少しだけ眠そうなことはに、碧が静かに微笑む。

「本日の放課後は図書室へお立ち寄りになる予定でしたね」

「そうなの。楽しみ」

「ですが、あまり遅くなられませんよう」

「大丈夫だよぉ」

 ことはがそう言って車を降りようとすると、碧がさりげなく手を差し出した。ことはは何の迷いもなくその手を取る。

 その瞬間、近くを通った女子生徒たちが小さくざわめいた。

「見て、東雲さん……」 「やっぱり素敵……」

 ひそひそとした声が聞こえてくる。ことははきょとんとして碧を見上げた。

「碧、また見られてるね」

「よくあることです」

「すごいねぇ」

「感心するところではございません」

「でもほんとにかっこいいもん」

 無邪気にそう言ったことはに、碧の目が一瞬だけ細められる。

「お嬢様」

「なぁに?」

「そのような言葉は、あまり軽々しく口になさらないでください」

「えっ、なんで?」

「……いえ。お嬢様がそういう方だからこそ、困るのですが」

「?」

 意味がわからず首をかしげることはに、碧は小さく息をついた。

「放課後、お迎えに上がります」

「うん、待ってるね」

「ええ。必ず」

 その言い方が妙に強くて、ことはは少しだけ不思議に思った。けれどすぐに友人たちが駆け寄ってきて、その疑問は頭の隅へ追いやられてしまう。

「ことはちゃん、おはよう」 「おはよぉ」

 ふわりと笑って手を振ると、友人たちは一斉に頬をゆるめた。

「相変わらず癒やしだね……」 「朝から天使すぎる……」

「え、えぇ?」

 いつものようによくわからない褒め言葉をもらっているうちに、一日が始まった。

 午前の授業はいつも通りだった。ことはは真面目に受けているつもりなのに、どこかぼんやりしていて、ノートの端に小さな花を描いてしまう。先生に指されると少しあわてるけれど、答えはちゃんと合っているので、不思議そうに見られることもしばしばだ。
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