今夜も執事は、お嬢様を手放さない
昼休み。ことはは中庭のベンチで友人たちと昼食をとっていた。

「今日、放課後図書室行くんだよね?」 「うん、新しい本が入ったんだって」

「ことはちゃんって本当に本好きだよね」 「読むの楽しいもん」

 そう言って笑っていたときだった。

「あの、姫宮さん」

 聞き慣れない男子の声に、ことはは顔を上げた。

 そこに立っていたのは、同じ学年の男子生徒だった。整った制服姿に少し緊張したような表情を浮かべている。たしか隣のクラスの人だ、とことははぼんやり思い出した。

「はい?」

「よかったら、これ……」

 差し出されたのは、可愛らしい包みのお菓子だった。

「昨日、ノート見せてくれたお礼」

「えっ、そんな、いいの?」

「うん。すごく助かったし」

 ことははぱっと表情を明るくする。

「ありがとう、うれしい」

 両手で受け取ってにこりと笑った、そのとき。男子生徒の頬がみるみる赤くなった。

「いや、その……姫宮さんって、やっぱり可愛いね」

「えっ」

 あまりにも真っ直ぐ言われて、ことはは固まる。友人たちが気まずそうに目を見合わせた。

「よ、よかったら今度、一緒に図書室でも」 「ごめんなさい」

 やわらかなのに、ひどくきれいな声が割って入った。

 いつの間に来たのか、そこには東雲碧が立っていた。

 ことはが目を丸くする。

「碧? どうして」

「忘れ物をお届けに参りました」

 そう言って差し出されたのは、ことはが朝に屋敷へ置いてきてしまったハンカチだった。

「あっ、本当だ……ありがとう」

「どういたしまして」

 碧はにこやかに答える。けれど、その視線は男子生徒へ向いた瞬間だけ、わずかに温度を失った。

「それから」

 穏やかな笑みのまま、碧が続ける。

「お嬢様は放課後にご予定がおありですので、お誘いはご遠慮くださいませ」

「え……でも、俺は姫宮さんに直接」

「ええ。ですから、お嬢様がお困りになる前に申し上げております」

 あくまで丁寧だ。失礼な言葉など一つもない。なのに、断る余地をまるで与えない空気だった。

 男子生徒は気圧されたように口をつぐみ、「……すみません」とだけ言って去っていく。
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