あの日の続き
第6章 負けた日、もらったもの
試合終了のブザーが鳴った。
体育館中に響いた、長い音。
その音が消えても、誰も動かなかった。
スコアボードには、相手チームの数字が残っている。
――負けた。
県大会ベスト8。
目標にしていたベスト4には、届かなかった。
るいは、ゆっくりと膝をついた。
「……終わった……」
その声は、自分でも聞き取れないほど小さかった。
少し離れたところでは、しょうぶが足を押さえながら座り込んでいる。
りょうたは捻挫した足をかばいながら、コートの端に座っていた。
ゆうとは顔を伏せている。
れいは何も言わず、ただコートを見つめている。
たくやは、泣いているのに、それでも笑おうとしていた。
「……みんな……」
るいが声をかけようとする。
でも、言葉が出てこない。
最初に出てきたのは、
「ごめん……」
だった。
「……ごめん。」
しょうぶが顔を上げる。
「るい……」
「俺が……もっとちゃんとしてれば……」
「違う。」
りょうたがすぐに言った。
「るいのせいじゃない。」
「でも……」
「違う。」
今度は、しょうぶが言った。
「誰のせいでもない。」
その言葉を聞いた瞬間、るいの目から涙が落ちた。
そして、それをきっかけにしたように、6人全員が泣き始めた。
声を押し殺すこともできなかった。
悔しかった。
勝ちたかった。
もっと一緒にコートにいたかった。
もっと、この6人でバスケをしたかった。
それだけだった。
---
### 「先生から、最後に」
しばらくして、佐々木先生が6人の前に立った。
「……みんな。」
6人が顔を上げる。
佐々木先生は、いつものように厳しい顔をしていた。
でも、その目には涙が浮かんでいた。
「今日の試合。」
少し間を置く。
「最後、負けて悔しかったか。」
誰も答えない。
「……勝ちたかったか。」
しょうぶが俯いたまま、小さく頷いた。
それにつられるように、全員が頷いた。
「そうだよな。」
佐々木先生は静かに言った。
「勝ちたかったよな。」
「県大会ベスト4に行きたかったよな。」
「最後まで6人でコートに立ちたかったよな。」
しょうぶの目から、また涙が落ちる。
「でもな。」
佐々木先生は6人を見渡した。
「今日の負けを、お前らのせいにするな。」
6人が顔を上げる。
「しょうぶが足をつった。」
「りょうたが捻挫した。」
「そして、るいは前日に怪我をした。」
「……こんなことになるなんて、先生だって想像してなかった。」
「練習でも、練習試合でも、もっとこういうことを想定しておけばよかった。」
「お前らに『最後まで戦え』って言うなら、最後まで戦える準備をさせるのが先生の仕事だった。」
佐々木先生は一度、言葉を止めた。
「それができなかった。」
「……先生の責任だ。」
6人が一斉に首を横に振る。
「先生、違います。」
るいが言う。
でも、佐々木先生は首を振った。
「今日は、お前らに否定させない。」
「先生が受け取る。」
「悔しさも、申し訳なさも、全部先生が受け取る。」
「だからお前らは、今日だけは自分を責めるな。」
るいの目から、涙がこぼれた。
「先生はな……」
佐々木先生が6人の前にゆっくり座った。
「お前らに何回怒ったか分からない。」
「練習中、何回『もっとやれ』って言ったかも分からない。」
「理不尽に感じたこともあっただろ。」
「『なんで俺たちばっかり』って思ったこともあっただろ。」
6人は黙って聞いていた。
「それでも、お前らは逃げなかった。」
「怒られた次の日も体育館に来た。」
「負けた次の日も練習した。」
「うまくいかない日も、6人でまたコートに立った。」
「先生が何を言っても、最後は自分たちで前を向いた。」
佐々木先生の声が少し震える。
「……それが、お前らの一番すごいところだ。」
「県大会ベスト8。」
「数字だけ見れば、ベスト4には届かなかった。」
「でも先生はな、そんな数字だけでお前らの3年間を評価したくない。」
「お前らは、今日まで本当に頑張った。」
「先生が見てきた中でも、最後まで諦めなかった学年だった。」
「苦しいときに誰かが落ち込めば、誰かが声をかけた。」
「誰かが失敗すれば、誰かがカバーした。」
「それができるチームになったのは、今日突然じゃない。」
「毎日の練習で、少しずつ作ってきたものだ。」
佐々木先生は、6人を一人ずつ見た。
「るい。」
るいが顔を上げる。
「お前は部長として、ずっと周りを見てたな。」
「自分が苦しくても、他のやつを気にしてた。」
「でもな……全部背負わなくていいんだ。」
「今日のことも、お前一人の責任じゃない。」
「しょうぶ。」
しょうぶが涙を拭う。
「キャプテンとして、最後まで戦おうとしたな。」
「足がつっても、まだコートにいたかっただろ。」
「それだけ、このチームが大切だったんだよな。」
「りょうた。」
りょうたは黙って先生を見る。
「お前は言葉が多いタイプじゃない。」
「でも、お前が言う一言でチームが落ち着いたこと、何回もあった。」
「今日だって、お前は最後まで戦おうとした。」
「ゆうと。」
ゆうとは涙を拭きながら顔を上げる。
「お前はいつも人を笑わせてたな。」
「でも先生は知ってる。」
「お前だって苦しいときがあっただろ。」
「それでも誰かを励ましてた。」
「もう、誰かを支えるだけじゃなくて、自分も誰かに支えてもらえ。」
「れい。」
れいは静かに先生を見る。
「お前は、自分の気持ちを言うのが苦手だったな。」
「でも、最後まで仲間のことを考えてた。」
「それでいい。」
「これからは、自分の言葉も大切にしろ。」
「たくや。」
たくやが涙を拭きながら笑おうとする。
「お前は……最後まで笑ってるな。」
「でも先生は知ってるぞ。」
「誰よりも練習してたこと。」
「誰も見てないところでも努力してたこと。」
「お前がチームを明るくしてくれてたこと。」
たくやは、とうとう顔を伏せた。
「……先生、ありがとうございます。」
小さな声だった。
佐々木先生は6人を見渡した。
「先生はな。」
「お前らに勝たせてやりたかった。」
「もっと先まで連れて行ってやりたかった。」
「ベスト4にも、決勝にも……連れて行きたかった。」
「でも、できなかった。」
「……本当に申し訳なかった。」
佐々木先生が頭を下げる。
6人が一斉に首を振る。
「先生、違います。」
るいが泣きながら言う。
「俺たちが……もっと強ければ……」
「違う。」
佐々木先生がすぐに返す。
「もうそれ以上、自分を責めるな。」
「今日負けたことは、悔しがっていい。」
「泣いていい。」
「何日か引きずったっていい。」
「それだけ本気だったんだから。」
「でもな。」
「この悔しさを、これからの人生で無駄にするな。」
「これから先、就職でも進学でも、思い通りにならないことはたくさんある。」
「理不尽なことを言われることもある。」
「努力しても結果が出ないこともある。」
「頑張ったのに負けることだってある。」
「今日、お前らが経験したことと同じだ。」
「でも、お前らは今日まで逃げなかった。」
「だったら、これからも大丈夫だ。」
佐々木先生は涙を拭った。
「今日の負けは、お前らの人生の終わりじゃない。」
「ここから先に進むための、一つの負けだ。」
「だから……今日だけは思い切り泣け。」
「そして明日になったら、また前を向け。」
「先生は、お前らならできると思ってる。」
少しだけ笑って、
「……いや。」
「できると思ってるんじゃない。」
「できるって、信じてる。」
6人の涙が、また溢れた。
佐々木先生は最後に、いつもの厳しい顔ではなく、優しい顔で言った。
「3年間、本当によく頑張った。」
「先生のところに来てくれて、ありがとう。」
「一緒にバスケしてくれて、ありがとう。」
「……お前らの先生になれて、よかった。」
6人は、もう誰も涙を止められなかった。
---
## 「先生は、お前らをずっと見てた」
しばらくして、相澤先生が6人の前に立った。
佐々木先生とは違い、相澤先生はすぐには話し始めなかった。
6人の顔を、一人ずつ見ていた。
泣き腫らした顔。
汗でぐしゃぐしゃになった髪。
悔しさを隠せない表情。
それを見ながら、相澤先生は静かに息を吐いた。
「……お疲れ様。」
その一言だけで、また何人かの目に涙が浮かぶ。
「先生から見たら、今日の試合はすごい良い試合だった。」
「でもな。」
相澤先生は少し笑った。
「先生が言いたいのは、今日の試合のことだけじゃない。」
「お前らの試合は、今日だけじゃない。」
「毎回、毎回、すごい試合だったんだよ。」
6人は黙って聞いていた。
「先生は今年からこの学校に来た。」
「だから、お前らと毎日一緒に練習してきたわけじゃない。」
「お前らがどんな練習をしてきたのか、全部を知ってるわけじゃない。」
「……でもな。」
相澤先生の声が少し変わる。
「先生は、お前らのことを知ってた。」
6人が顔を上げる。
「大会会場で、毎年見てた。」
「お前らが1年生の頃から。」
「……え?」
たくやが小さく声を漏らした。
「覚えてないだろ。」
相澤先生が笑う。
「1年生のお前らなんて、まだ右も左も分かってなかった。」
「どこに行けばいいのかも分からない。」
「何をすればいいのかも分からない。」
「先輩の後ろをついて歩いて、ちょっと緊張した顔をして。」
「そんな頃から、先生は見てた。」
相澤先生はゆっくりと言葉を続けた。
「でもな。」
「そんな、まだ何も分からない1年生のお前らが……」
「誰かが困ってたら、必死になって動いてた。」
「大会会場で先生が荷物を抱えて困っていると、誰かがすぐに近寄ってくる。」
「『何か手伝います』って。」
「自分たちだって何をしたらいいのか分からないのに、それでも必死に動く。」
「会場の準備で困っている先生がいれば、すぐに声をかける。」
「他の学校の選手が困っていたら、教えてあげる。」
「会場にゴミが落ちていたら、誰かに言われる前に拾う。」
「しかも、一人がやり始めると、いつの間にか他のやつも一緒にやってる。」
6人は顔を見合わせる。
「……そんなこと、してた?」
ゆうとが小さく呟いた。
相澤先生は笑った。
「してたよ。」
「お前らは覚えてないだろうけどな。」
「先生は覚えてる。」
「毎年、毎年。」
「1年生のときも。」
「2年生になってからも。」
「そして3年生になった今も。」
「ずっと変わらなかった。」
その言葉に、るいが俯いた。
「先生がな。」
「お前らを見て、何度思ったと思う?」
「……この子たちは、すごいなって。」
相澤先生は少し間を置いた。
「先生、前に別の学校にいたんだ。」
「そこで生徒たちに、何度も言ってた。」
「『あの子たちみたいになれ』って。」
6人が驚いた顔をする。
「『バスケが上手くなれ』って意味じゃない。」
「『北翔の男子みたいな人になれ』って。」
「困っている人がいたら、すぐ動け。」
「誰かに言われるまで待つな。」
「自分たちが大変でも、周りを見ろ。」
「挨拶をしろ。」
「人に感謝されるためじゃなく、自分が正しいと思ったことをやれ。」
「……先生は、そういう話を何度もした。」
相澤先生は6人を見渡した。
「お前らは知らなかっただろ。」
「自分たちが、他の学校の生徒たちの目標みたいになってたなんて。」
誰も言葉を返せなかった。
「大会会場でな。」
「いろんな先生方に聞いた。」
「『北翔の男子は挨拶がいい』って。」
「どの先生に聞いても言われた。」
「『あの子たちは本当に気持ちいい挨拶をする』って。」
「だから先生は、他の学校の生徒にも言ったんだ。」
「『挨拶なら、北翔を見習え』って。」
相澤先生は笑った。
でも、その目には涙が浮かんでいた。
「すごいだろ。」
「お前らは、自分たちが普通にやってたことが、誰かにとっては目標だったんだよ。」
6人は、誰も顔を上げられなかった。
「先生が今日、何より伝えたいのはそこなんだ。」
「バスケットの結果じゃない。」
「ベスト8だったとか。」
「ベスト4に行けなかったとか。」
「何点取ったとか。」
「そんなことじゃない。」
「お前らが、誰も見ていないところで何をしてきたか。」
「そこなんだよ。」
相澤先生の声が震える。
「どんなに厳しい試合でも。」
「どんなに理不尽なファールを取られても。」
「どんなに苦しくても。」
「お前らは最後まで戦ってきた。」
「そして、試合が終われば相手のチームにも挨拶をする。」
「会場の人にも挨拶をする。」
「使った場所をきれいにする。」
「誰かが困っていたら手伝う。」
「……それが、お前らだった。」
相澤先生は目元を拭った。
「先生はな。」
「そんなお前らを、ずっと見てきた。」
「1年生のときのお前らも知ってる。」
「まだ何も分からなくて、先輩についていくのが精一杯だったお前らも知ってる。」
「2年生になって、少しずつ周りが見えるようになったお前らも知ってる。」
「そして3年生になって、今度は後輩のことまで考えるようになったお前らも知ってる。」
「だからな。」
「先生には分かる。」
「お前らは、バスケットだけが上手くなったんじゃない。」
「人として、ものすごく大きくなった。」
その言葉に、るいの涙がまた落ちた。
「今日負けたからって、それが全部なくなるわけじゃない。」
「ベスト8で終わったからって、お前らの3年間がベスト8になるわけじゃない。」
「お前らが過ごした3年間は、もっともっと大きい。」
「怒られた日もあった。」
「悔しくて眠れなかった日もあっただろ。」
「練習が嫌になった日もあっただろ。」
「それでも次の日、体育館に来た。」
「それを何十回、何百回繰り返してきた。」
「それが3年間だ。」
相澤先生は、6人の前に一歩近づいた。
「だからな。」
「お前ら、自分たちのことをもっと誇っていい。」
「先生は、本当にそう思ってる。」
「お前らはすごい。」
「本当に、すごいんだよ。」
その声が、体育館に響いた。
「勝ったからじゃない。」
「強いからでもない。」
「有名だからでもない。」
「人のために動ける。」
「苦しいときでも人を思いやれる。」
「誰も見ていなくても、やるべきことをやれる。」
「それができる人間は、そう多くない。」
「だから……」
相澤先生の目から、一粒の涙が落ちた。
「先生は、お前らを誇りに思ってる。」
6人の顔が崩れた。
「……今日負けたことは、忘れなくていい。」
「悔しいなら、ずっと悔しがれ。」
「泣いていい。」
「だって、本気だったんだから。」
「もっと一緒にバスケがしたかったんだろ。」
「もっと勝ちたかったんだろ。」
「それでいい。」
「その気持ちは、これから先も絶対にお前らの力になる。」
「これから先、バスケを続けるやつもいる。」
「続けないやつもいる。」
「進学するやつも、就職するやつもいる。」
「みんな違う道に進む。」
「でもな。」
「どこに行ったって、お前らが3年間で身につけたものはなくならない。」
「挨拶すること。」
「人を助けること。」
「仲間を大切にすること。」
「苦しくても逃げないこと。」
「誰も見ていなくても、自分が正しいと思ったことをすること。」
「それは、これから先の人生で絶対にお前らを支えてくれる。」
相澤先生は6人を見つめた。
「……だから。」
「今日だけは、胸を張って泣け。」
「先生が見てきた3年間は、絶対に間違ってなかった。」
「お前らが積み重ねてきたものは、今日の試合一つでなくならない。」
「お前らが誰かに優しくしたことも。」
「誰かを助けたことも。」
「誰かに挨拶したことも。」
「誰にも褒められなかった努力も。」
「全部、お前らの中に残ってる。」
そして最後に、相澤先生は笑った。
涙を流しながら。
「だからな。」
「お前らは、自分たちが思ってるよりずっとすごい。」
「先生が保証する。」
「お前らは、本当にすごい6人だ。」
少しの沈黙。
そして、
「……3年間、お疲れ様。」
「先生は、お前らに出会えてよかった。」
「これから先も、胸張って生きろ。」
「お前らなら、大丈夫だ。」
6人は、もう誰一人として顔を上げられなかった。
泣いていた。
声を上げて。
子どものように。
それほどまでに、先生の言葉が嬉しかった。
自分たちが何気なくしていたことを、誰かがずっと見ていてくれた。
知らないところで、誰かの目標になっていた。
勝ち負けとは関係のないところで、自分たちの3年間を認めてくれる人がいた。
それが、たまらなく嬉しかった。
---
## 「おかえり」
体育館を出ると、入口には家族が待っていた。
6人とも、最初は家族の顔を見ることができなかった。
でも。
一人ずつ、家族のところへ歩いていく。
### るい
るいの前には、兄が立っていた。
「……兄ちゃん。」
「おう。」
「……ごめん。」
兄は何も言わない。
「勝てなかった。」
「……うん。」
「ベスト4、行けなかった。」
「うん。」
「俺、部長だったのに……」
兄は一歩近づいた。
そして、るいを強く抱きしめた。
「……え。」
「もういい。」
「でも……」
「もう謝らなくていい。」
るいは兄の服を掴んだ。
「俺……みんなを勝たせたかった……」
「うん。」
「もっと一緒にバスケしたかった……」
「うん。」
「俺、ちゃんと部長できてたかな……」
兄はるいの頭を撫でた。
「できてたよ。」
「……ほんと?」
「俺がずっと見てきたんだから、分かる。」
るいの涙が止まらなくなった。
「……兄ちゃん。」
「ん?」
「……もうちょっと、このままでいて。」
「好きなだけいろ。」
るいは兄の胸に顔を埋め、声を上げて泣いた。
---
### しょうぶ
しょうぶのところには母親がいた。
そして、その腕にはまだ数ヶ月の妹。
「……母さん。」
「おかえり。」
その一言を聞いた瞬間、しょうぶは俯いた。
「……ごめん。」
「うん。」
「勝てなかった。」
「うん。」
「勝ちたかった。」
「うん。」
「最後まで……コートにいたかった。」
母親は何も言わず、しょうぶを抱きしめた。
「……っ。」
しょうぶの肩が大きく震える。
「ごめん……」
「謝らなくていいよ。」
「俺……キャプテンだったのに……」
「知ってる。」
「もっと……みんなを引っ張りたかった……」
「知ってるよ。」
母親は背中を撫でた。
「ずっと見てたから。」
しょうぶは顔を上げる。
「毎日疲れて帰ってきても、次の日にはまた練習に行ったでしょ。」
「……うん。」
「それだけ頑張ったんだから。」
母親の腕の中で、妹が小さく動いた。
しょうぶは涙を拭って、妹を見る。
「……起きた?」
母親が笑う。
「うん。」
しょうぶは妹の小さな手をそっと握った。
「……お兄ちゃん、負けちゃった。」
妹は何も答えない。
ただ、小さな手を動かす。
「……でもな。」
しょうぶは泣きながら笑った。
「お兄ちゃん、頑張ったんだぞ。」
母親が言った。
「うん。頑張った。」
しょうぶは妹を見つめる。
「……勝ちたかったな。」
「うん。」
「でも……もういい。」
母親がしょうぶをもう一度抱きしめた。
「今日は泣いていいよ。」
「……うん。」
しょうぶは母親と妹に包まれながら、泣き続けた。
---
### りょうた
「りょうた。」
姉の声がした。
「……姉ちゃん。」
「こっちおいで。」
「いや……」
「なんで?」
「……泣いてるから。」
「別にいいじゃん。」
りょうたはしばらく動かなかった。
でも、姉が腕を広げる。
その瞬間、りょうたは姉のところへ行った。
「……負けた。」
「うん。」
「勝てなかった。」
「うん。」
「もっとできたと思う。」
「うん。」
「もっとみんなに言えばよかった。」
「うん。」
姉はりょうたの頭を撫でる。
「それだけ本気だったんでしょ。」
りょうたは姉の服を握った。
「……悔しい。」
「うん。」
「めちゃくちゃ悔しい。」
「うん。」
「……姉ちゃん。」
「なに?」
「今日だけ、甘えていい?」
「もちろん。」
りょうたは姉に抱きしめられたまま、静かに泣いた。
---
### れい
「れい。」
「……母さん。」
母親は何も聞かず、両腕を広げた。
れいは少し迷ってから、その腕の中に入った。
「……負けた。」
「うん。」
「悔しい。」
「うん。」
「俺……もっと言えばよかった。」
「何を?」
「チームに。」
「うん。」
「もっとこうしたいとか。」
「うん。」
「こうした方がいいとか。」
「うん。」
「言えなかった。」
母親はれいの背中を撫でた。
「でも、今言えたじゃん。」
れいが顔を上げる。
「……え?」
「悔しかったことも、言いたかったことも。」
「今日、ちゃんと話してるじゃん。」
れいの目から涙が落ちる。
「……俺、ちゃんとできてたかな。」
母親は迷わず答えた。
「できてたよ。」
「ずっと見てたもん。」
れいは母親に抱きしめられたまま、声を出さずに泣いた。
---
### ゆうと
ゆうとのところには父親がいた。
「おう。」
「……父さん。」
「頑張ったな。」
その言葉だけで、ゆうとの顔が崩れた。
「……俺、みんなには大丈夫って言ってたのに。」
「うん。」
「本当は……俺もめちゃくちゃ悔しかった。」
「うん。」
「みんな泣いてるから……俺が笑わせなきゃって……」
「うん。」
「でも……俺だって……」
父親がゆうとを抱きしめた。
「もういい。」
「……父さん。」
「今日はお前が泣く番だ。」
ゆうとは父親の胸に顔を押しつけた。
「……悔しい。」
「うん。」
「勝ちたかった。」
「うん。」
「もっとみんなと……バスケしたかった。」
「うん。」
父親は何も言わず、ずっと抱きしめていた。
---
### たくや
たくやのところには、両親と妹が待っていた。
たくやはいつものように笑おうとした。
「いやー……負けちゃったわ。」
でも、誰も笑わない。
「……何その顔。」
たくやが笑う。
「俺、別に大丈夫だって。」
母親が一歩近づいた。
「たくや。」
「ん?」
「こっちおいで。」
「いや、だから大丈夫――」
母親が抱きしめた。
「……っ。」
言葉が止まった。
父親も後ろから抱きしめる。
「お前、頑張ったな。」
「……やめてよ。」
「なんで?」
「……泣くから。」
そこへ妹も近づいてくる。
「お兄ちゃん。」
「……ん?」
「おつかれ。」
その一言で、たくやは完全に泣いた。
「……無理だって。」
「うん。」
「俺、最後まで笑って終わりたかったのに……」
母親が背中を撫でる。
「無理に笑わなくていいよ。」
「……でも俺、いつもみんなを笑わせてたから。」
父親が言った。
「今日はみんながお前を支える日だ。」
たくやは家族3人に囲まれたまま、声を上げて泣いた。
「……俺、頑張ったよな?」
母親が強く抱きしめる。
「うん。」
父親も頷く。
「誰より頑張った。」
妹も小さな手で、たくやの服を握る。
「お兄ちゃん、えらい。」
「……ありがとう。」
たくやは家族の腕の中で、何度も泣いた。
---
## 「6人でよかった」
それから少し経って。
6人は、体育館の外で再び顔を合わせた。
誰も、まだ目が赤い。
るいが笑った。
「……みんな、ひどい顔。」
「お前もな。」
りょうたが返す。
「りょうたも。」
ゆうとが少し笑う。
「……なんかさ。」
「ん?」
「俺たち、めちゃくちゃ泣いたな。」
たくやが言った。
「俺、家族の前であんな泣いたの初めてかも。」
れいが静かに言う。
「……俺も。」
しょうぶが、みんなを見る。
「……終わっちゃったな。」
誰も否定しなかった。
本当に終わった。
この6人で公式戦に出ることも。
このユニフォームを着て戦うことも。
「次、勝とうぜ。」
ゆうとが言った。
「……誰と?」
りょうたが笑う。
「これからの自分たちと。」
少しの沈黙。
そして、るいが笑った。
「……うん。」
6人は自然と近づいた。
誰かが手を出した。
その上に、もう一つ。
また一つ。
6人分の手が重なった。
「せーの。」
「「「「「「ありがとうございました。」」」」」」
それは、誰に向けた言葉なのか分からなかった。
先生かもしれない。
家族かもしれない。
仲間かもしれない。
それとも、この3年間そのものかもしれない。
6人は顔を見合わせた。
そして最後に、全員で笑った。
泣きながら。
笑っていた。
県大会ベスト8。
目標には届かなかった。
それでも。
この6人で過ごした3年間は、決して負けなんかじゃなかった。
――あの日、6人が流した涙は、
負けた涙ではなく、
**本気で青春を生きた証だった。**