海色の恋〜冷徹社長の甘い愛に染められて〜

寂しげなエンゼルフィッシュ

仕事終わり、五階のフロアから中央エレベーターに乗るのが一番早い帰り道だ。けれど私はいつもそこには乗らない。少し遠回りになる東側のエレベーターに乗り、二階で降りる。
そこにある休憩スペースは、仕事の合間に社員が自由に利用できるようになっている。ソファや小さなテーブルが置かれ、観葉植物もいくつか並んでいる。その一角に、少し大きめの絵が飾られていた。
描かれているのは、クラゲ。水族館で見かけるような白や透明のクラゲだけじゃない。淡い水色に、紫、ピンク、青。何種類ものクラゲが、色鮮やかな光をまとってふわふわと漂っている。
けれど、不思議なのはその背景だった。一面を埋め尽くすのは、漆黒。その中に、小さな光が無数に散りばめられている。星空みたい。まるで、夜の海を泳いでいたクラゲたちが、そのまま星空へ舞い上がってしまったような――そんな不思議な絵だった。

「クラゲ座とか、あるのかな」

思いついたまま、ぽつりと呟く。もちろん、そんな星座が実際にあるのかなんて知らない。でも、この絵を見ているとそんなものがあってもいいような気がしてくる。
仕事帰りにこの絵をしばらく眺めてから帰る。それが、いつの間にか私の日課になっていた。企画が思うように通らなかった日も。誰かの何気ない一言に傷ついた日も。忙しくて余裕がなくなった日も。ここで数十分、この絵を眺めていると、不思議と心が静かになっていく。
胸の奥に溜まっていたものが、クラゲと一緒にふわり、ふわりとどこかへ流れていくような感覚。
作者名もタイトルもない。ただ、一枚のクラゲの絵だけが、そこに飾られている。

「誰が描いたんだろう」

小さく呟いて、私は首を傾げた。私、七海美月(ななみ・みつき)、二十五歳。
コスメや雑貨の企画開発を手がける会社、ノスタルジアに勤めている。
私が所属しているのは、自社ブランドのコスメや雑貨を企画する部署だ。商品の企画やブランドコンセプトを考え、パッケージの方向性や仕様を決める。
そして、そのイメージに合うものをデザイナーに依頼し、上がってきたデザイン案を社内で調整していく。

コスメって、中身だけが大切なわけじゃないと思う。もちろん、使い心地や成分だって大切。だけど、お店に並んでいるたくさんの商品を前にしたとき、最初に目に飛び込んでくるのは、やっぱりパッケージだ。

「これ、可愛い」、「なんだか気になる」、「手に取ってみたい」そう思ってもらえるかどうか。ほんの数秒の出会いをつくるのが、パッケージデザインだ。

だから私は、デザイナーの方と何度も打ち合わせを重ねながら、その商品の魅力が一目で伝わるデザインを探していく。
どんなイラストならこの商品の世界観を表現できるのか。正解が決まっている仕事じゃない。だからこそ、難しくて面白い。
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