神の手と呼ばれた私は、今日も旦那様を寝落ちさせたい ~極上ヘッドスパで癒していたら、旦那様が極上スパダリに進化しました~
その日の夜、シエラは何度も扉の方を気にしながら、自室でテオドアを待っていた。
本当に来てくれるのだろうか。そう思い始めた頃、控えめなノックの音が響く。
「失礼する」
聞き覚えのある低い声に、シエラはぱっと顔を上げた。
ほどなくして扉が開き、テオドアが姿を現す。
「お待ちしていました、旦那様!」
勢いよく迎えると、テオドアは一瞬だけ面食らったように足を止めた。
「さあ、こちらへどうぞ!」
せっかく来てくれたのだから、逃すわけにはいかない。
シエラは返事を待つより先に彼の背後へ回り込み、そのまま両手で背中を押した。
「お、おい。押すな」
「まあまあ、こちらへどうぞ」
「だから押すなと言って――」
抗議の途中で、テオドアの足が寝台の脚に引っかかった。
「……っ」
「きゃっ!」
押していたシエラまで巻き込まれ、二人揃って寝台へ倒れ込む。
柔らかな敷布が大きく沈み、思いがけず近い距離で顔を見合わせることになった。
シエラは息を止めた。
青白い肌に、げっそりとこけた頬。目の下には、昼間に見た時と変わらず濃い隈が落ちている。
(やっぱり……ひどくやつれてる)
前世の記憶を取り戻した今では、その姿がただ不気味には見えなかった。
長いあいだ眠れず、身体のどこにも力を抜く場所を見つけられないまま過ごしてきた人。
そんなふうに思えて、むしろ放っておけなかった。
(それにしても……)
テオドアは初歩的な魔術しか使えないと聞いている。
それなのに、魔力過多に苦しむ高位魔術師のような、このひどい不眠。
(やっぱり、どこかおかしい)
無意識に頬へ手を伸ばしかけた、その時だった。
ぱし、と乾いた音が響く。
「あ……」
触れる寸前で、テオドアに手を払われた。
彼はすぐに身体を起こすと、シエラから顔を背ける。
(いきなり触ろうとしたのは、失礼だったかしら……)
反省しかけたところへ、低い声が落ちた。
「……見るな」
「え?」
テオドアは顔を背けたまま、自嘲するように唇を歪める。
「一度見れば眠れなくなるほど、悍ましい顔らしいからな」
その言葉に、シエラの指が無意識に長い前髪へ触れた。
『醜い顔』
『私たちの前で顔を上げないでよ』
(……同じだ)
誰かに何度も否定され、いつしか自分までそれを信じてしまった。
シエラは寝台から降り、テオドアの正面へ回り込んだ。
再び逸らされそうになった顔を、今度は両手でそっと挟む。
「……っ」
長い黒髪の隙間で、紫色の瞳が驚いたように揺れた。