青薔薇皇帝陛下の15年間分の執愛

【第1章 添い寝係】

 アレクは身体の隅々を丁寧に侍女に磨かれる。
 胸はお世辞にも豊満とは言えず、肌にはいたるところに傷跡を残し、女としては醜い肌だ。
 日に焼けた肌は健康的な小麦色で、顔は小顔で化粧をすればそれなりに美しくはなるだろうが、化粧は好まない。
 つい先刻まで、貧乳の胸に晒しを巻いて、男装の騎士正装を纏っていた。

「添い寝相手を探してる。いくらなら買える?」

 彼女にそう聞いたのは、セルフォード帝国皇帝レイジェルだった。
 アレクはとある目的の為に、レイジェルと直接交渉して添い寝係を引き受けた。
 大の男である皇帝にただの添い寝だけで済むのかと思ってしまう。その先があるようで、無意識に鼓動が高鳴ってしまう。
 これが取引であり、添い寝だけの関係だというのに、その相手に魅了されてしまっていた。
 浮かれている場合ではないというのに、どうしていいのか分からなくなってしまう。
 気を引き締めようと、何度も顔に湯をかけていると声がかけられる。

「そろそろお上がりを。陛下をお待たせしてしまいます」

 無駄に広い浴槽の湯船に浸かっていたアレクは、まだ心の準備ができていないながらも湯から上がった。
 男らしく見えるように常に短髪にしている髪をふわふわのタオルで拭かれ、日々の鍛錬で負った傷跡だらけの肌を無言で拭われる。

 着せられたのは、フリルがたっぷりと縁取る可愛らしい淡紅色の寝衣だった。
 生地は薄手だが透けるようなものではない。
 少女らしい寝衣は、短髪のアレクには全く似合っていなかった。
 アレクより少し年上と思われる茶髪に同色の瞳をした侍女は、それについても何も言わなかったが、一つだけ指示された。

「寝所では決して皇帝陛下のお言葉に、お返事をなさいませぬように」

「皇帝陛下からのご命令ですか?」

 侍女が皇帝の居住区で務めていることを考えると、身分の高い貴族の令嬢と思われた。
 下級貴族の娘でしかないアレクの方が身分が低いだろう。
 おまけに契約の添い寝係に過ぎない。失礼にならないように、侍女とはいえ敬意を払う。

「左様にございます」

 返事をしてはならないということは、独り言を言うのだろうか。
 疑問に思っていると、侍女が丁寧に頭を垂れ、一つ部屋を隔てた扉の前までアレクを案内する。
 どうやら、部屋から出なくても寝所へ行けるらしい。扉が叩かれる。
 
「リアリフィーア様をお連れいたしました」

「……え?」

 違う名を呼ばれてきょとんとしている間に、室内から入室許可が出て侍女は扉を開く。

(リアリフィーア? 誰のこと?)

 戸惑っていると背中を押され、室内に入れられてすぐに背後では扉が閉ざされた。
 暗い室内の大きな窓辺に細身で長身、寝衣姿の男がもたれて、窓外を眺めていた。
 この国セルフォード皇帝レイジェルだ。

 差し込む月明かりが彼の、癖のない長い青銀髪を照らして煌いている。
 非常に整った美貌に深みのある青い双眸は、嬉し気に甘く微笑んでいた。
 諸国にも流れる噂では、冷徹で決して笑わない絶世の美貌であることから、『氷の青薔薇』と呼ばれている。
 だが、どうやらそうではないらしい。
 その美しさにアレクはドキリとして釘付けにされる。
 レイジェルが窓辺から離れて歩み寄ってくる。
 眼前に立たれ、長い腕がふわりとゆるくアレクの身体を包むように優しく回された。

「よく来たね、リアラ」

 囁くように、聞き惚れるほどの美声で甘く告げる。

(リアラ?……あ、あの? 誰?)

 喉元まで出かかる疑問を何とか呑み込む。
 そっと軽々と横抱きにされ、寝台へ連れていかれる。

「大丈夫だよ。怖い思いなんてさせないから。ただ一緒に寝るだけだから」

 侍女が寝所に入る前に、皇帝陛下の言葉に返事をするなと言っていた。
 だからこれは、彼の独り言だ。
 さっきから皇帝陛下は何を言っているのだろう。
 さっぱり分からない。

 お姫様抱っこで運ばれたアレクは、そっと広い寝台の中央に横たえられる。
 後から、皇帝陛下が上がってきて、アレクの方を向いて身を横たえる。

「少し触れても良いだろうか?」

 アレクが無言で頷くと、指先で頬にそっと触れてくる。
 彼からふわりと、爽やかな石鹸の匂いが漂ってきた。
 
「ずっと会えるのを待っていたよ。好きだよ、リアラ」

 告げると乗り出してきて、アレクの頬に薄く柔らかな唇が数瞬重ねられる。
 やはり、どうやら添い寝だけでは済まなさそうだ。鼓動はドギマギと脈打ち頬が紅潮する。
 だが、アレクを見ているはずの熱を帯びる眼差しは、アレクを通過してその奥を見ている気がする。
 その時点で、ああ、と気づく。
 リアラという女性の身代わりなのだと。

「もっと触れても良い?」

 緊張してアレクは喉を鳴らす。

「大丈夫、唇にはキスしないから」

 のそりと起き上がった皇帝陛下が、アレクを組み敷く。
 その間もずっと目はアレクの双眸を見つめ続けている。
 顔が近づいてきて、唇以外の場所に軽いキスの雨を降らせる。
 唇は顔から顎へ、そして首筋へと動く。

「ひゃっ」

 男性経験がなくそんなことをされるのが初めてなアレクは、思わず声を上げてしまい、慌てて口を手で押さえる。
 皇帝陛下はすぐに首筋から顔を離して覗き込んでくる。

「怖かった?」

 両手で口を塞ぎながら、アレクはふるふると首を横に振る。
 美貌が安堵の笑みを湛え、指先で先ほど口づけた首筋に触れる。

「心配しなくても大丈夫だよ。脱がしたりしないから」

 レイジェルが上半身の寝衣を脱いだ。
 均整の取れた美しい肉体だ。
 再びアレクの首筋に口づけ、何やらごそごそと自分の下半身を動かしている。

「私の身体はリアラの物だよ。穢したりしないから安心するといい。だけどね、男は好きな女の子を見てると、我慢できなくなるんだ。だから、少しだけ甘えさせてもらいたい」

 その言葉でアレクはレイジェルが何をしているのか気づいた。
 騎士の宿舎で何回か性欲処理をしている同僚を見たことはある。
 噂では、セルフォードの皇帝レイジェルは不能と諸国に広がっている。
 一体誰が不能なのか。
 一人でやってるではないか。
 しかし、アレクを相手にする気はないのだろう。あくまでも添い寝係だから、やらないということだろうか。
 甘えたいの意味はおそらく、アレクに触れながらしたいのだろう。

「好きだよ。あなたの全てを愛してる。ずっとしてなかったからすぐに出してしまいそうになる」

 首筋に当てられた唇が離れ、レイジェルの息遣いが荒くなっていく。

「こんな浅ましいことはしたくないのだけど、でも、あなたがいないとその気になれないんだ」

(なるほど、だから身代わり(オレ)が必要だったのか)

「お願いだから、嫌いにならないで欲しい。あなたがいなくなったら、私は眠ることもできないんだ」

(それはかなり重症だ)

 アレクは軽い眩暈に襲われ、セルフォード皇帝の秘密を知ってしまった。
 この契約には期間を設けていない。
 アレクも先の見えないことだったから、期間については話さなかった。
 レイジェルからも期間については何も触れられていない。
 もし、仮にアレクの目的が達成されたら解放してもらえるのだろうか。
 とりあえず、リアラという人物について知る必要がありそうだ。
 アレクの足の上では動きが速まっていた。

 身体を汗ばませながら、苦し気にレイジェルが呻いたかと思うと、素早く脱いだ寝衣を掴んで下半身に当てた。
 動きを止めると、掴んだ寝衣を丸めて寝台の外に放り投げた。
 僅かに息を乱しながら、アレクとシーツの間に腕を差し込んで抱きしめられた。

「ずっとしてなかったから溜まってた。嫌な思いをさせてしまったね。でも、これをしておかないと、あなたを襲いそうになるから。大事なことなんだよ」

 レイジェルはアレクの傍らに横になると、身体を密着させて腕枕をし、ゆるく腕を回してくる。

(これで終わり?)

 添い寝相手を探していると言っていたから、それだけで済むとは思っていなかった。
 が、まさか一人でするとは予想していなかった。
 しかも、レイジェルはアレクの寝衣すら脱がさなかった。
 アレクの頬に軽く口づけ、蕩けるような甘い微笑みで囁く。

「ああ、まだ信じられないな。あなたがこんなにも近くにいてくれる。会えない間、あなたのことが気がかりで、何日も眠れない夜を過ごしたよ。あなたのおかげで今日は眠れそうだ、ありがとう、リアラ」

 語尾が小さくなり、やがてすやすやと規則正しい寝息が聞こえてくる。アレクを腕に納めて皇帝陛下が無防備な寝顔を曝していた。
 その顔をちらりと視線だけで窺うと、酷くやつれていた。
 言葉の通り何日も眠れていなかったのだろう。
 そう思うと気の毒になる。

 それにしてもなんて美しい顔なのだろう。
 アレクの元主も秀麗な貌をしているが、それでも比較にならないほど人間離れした麗しさだ。
 危うく立場を失念しそうなほど、惚れ惚れしてしまう。加えて無防備だ。
 アレクが暗殺者なら、簡単に息の根を止めれそうなほど警戒心が薄い。

 翌朝アレクが目覚めると、寝台には皇帝陛下の姿はなかった。



< 1 / 1 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

表紙を見る 表紙を閉じる
 カレイズ王国の第一王女ローズは、王命で敵対するバハロ王国国王ユーベルトに嫁ぐ。   初夜に夫となったユーベルトの寝込みを襲い、暗殺しようとしたが失敗する。ローズの美貌と身体を気に入ったユーベルトに、毎夜朝まで激しく抱き潰されることになる。  そんなローズを支えたのは、母国にいる愛する黒騎士ルビオとの再会の約束だった。その言葉を信じ耐える。その一方で、ユーベルトはローズに溺れていく。

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop