その青は還る 完結
 トイレから出て席を見ると、すでに帰った跡が残されていた。遠目からでも分かるほどに、テーブルの上は散らかっている。手を付けられることのないボトル、一口齧っただけの果物に、少しつまんだだけの乾き物。ただ開けただけのおしぼりを見ても、何も感じなかった。

 ようやく足を踏み込んだところで、一人の女が目の前のテーブルへ向かっていった。それは”女”というよりは、”少女”と言ったほうが正しい。上は黒いカーディガンを羽織っていて、下は学校の制服のような、チェック柄のスカートだった。

 その子はテーブルの前で足を止め、端のほうで落ちそうになっていたCDを手に取った。俺はそれを見ながら前へ進んで、ポケットから煙草を取り出して、口を開いた。

「それ、要らないから、捨てといて」

 こんなことも日常茶飯事だ。ここで働いてる女にはそれ以外の選択肢はない。だが、その子は息を止めたようで、視線を向けると、CDを手にしたままだった。少し戸惑うような顔をしてから、すぐに口を開いた。

「じゃぁ、家に持って帰りますね。これ、探してたんで」

 思わず眉を顰めた。なんて言われたのか一瞬理解できなかった。ただ、踵を返す姿を、俺は呼び止めていた。

「なぁ、名前聞いてもいいか」

 その子はすぐに振り返った。

「玉城柚月です」屈託のない顔で、真っ直ぐに答えた。

「本名だろ、それ……」

 俺は警戒心のなさにあきれて、ため息がでた。しかし、それだけでは終わらず、その子は問いかけてきた。

「お客様は」

「俺?俺は……、戸田。戸田龍騎」

 咄嗟に本名を口にしてしまった。

 その子がCDを、服の袖で挟むようにして持っていた。

 「戸田、さん……、また来てください。お待ちしてます」

 名前を暗記するような素振りで、笑顔を浮かべながら、こちらへ伝わるように、しっかりと口にした。そして、隅に立っていた背の高い黒服の元へ、少し早足で向かっていた。

 俺はテーブルの上を片付けたあとで、ソファーに腰を下ろした。煙草を口にしてから、火を点けて、二人の様子を見ていた。

 一見すれば店員とキャストがただ居るだけの場面だが、どう考えても距離が近すぎる。ただ、当てはめてみても、なぜか腑に落ちない。

 その時、黒服がその子の持ってたCDを取り上げ、からかい始めた。だが、すぐにその子は黒服に向かって拳を上げた。一瞬の隙を狙って、黒服の手からCDを奪い取った。

 そして、手にしたものを、服の袖で丁寧に拭いていた。

 俺はその姿を、ただ、目にしていた。
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