その青は還る 完結
 俺はその日を境に、店へ行くことが増えた。そうは言っても不定期だが、いつ行っても彼女はいた。最初のうちはなるべく彼女に合わせて世間話をした。それが違う方向に飛んでも、いつの間にか笑っていた。徐々に打ち解けるようになって、ある時、俺は尋ねてしまった。

「なぁ、前に持ってったCD覚えてる?」

 別に何かを確かめたかったわけじゃない。ただ、ふと口にしていた。

「もちろん。それがどうかしましたか?」彼女はいつものようにこちらを見ていた。

「いや……、あいつのこと知ってるのかと思って……」そう言ったあとで、聞いて何になる?と自問自答した。

すると、彼女は少し上を見て、すぐに戻ると、「名前しか知らないですけど、すごく好きです」と言った。

 いつもの笑う顔に、思わず煙草の箱を握り潰しそうになった。

「ふーん……そいつが、どんなやつでも……?」煙草を手にしたまま、言い終わるまで口に運べず、鼻息を漏らした。

「どんなやつって、言われても……」彼女は困った顔をしていたが、次第に難しい顔になっていった。

「あ、ごめん。悪い。そんな、真剣に考えるなよ……」苦笑いをして、軽く鼻で笑ってみせた。
 
 そこで彼女は、「どんなやつかも知らないですけど……」と首を傾げた。「悪い人には感じないです……」と言って、二回頷き、こちらを見て笑った。

「そっか……」俺はそれ以上、何も口にできなかった。煙草を手にしたまま、箱に戻したり、出したりを繰り返していた。再び戻してから、酒を口にした。

「戸田さんは、好きな人いますか?」

 その声に思わずむせた。聞き慣れた言葉が、今になってどこかを掠めていった。

「いない、けど……」そう答えながら、『こういうときにまともになんなよ』と内心舌打ちしていた。

「そうなんだ……」彼女は途端に声を沈ませて、軽く睫毛を伏せた。

 落ち込んだようには見えないが、何か探してるような素振りはある。次の話題が全く予想がつかない。ここで俺が切り替えたら、あまりにも不自然すぎる。彼女が口を開くまでの選択肢は……。

「おかわり、もらえる?」

「あ、はい……」

 彼女の手元を見ながら、聞かなきゃよかったと後悔した。特に隠すことはないが、隠してることがあるのが、ひどく滑稽に思えた。
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