憧憬少女
ふと鏡を見ると、なんだか憂鬱そうな表情をしている自分が映った。

これから仕事なのに、こんなんじゃダメだ。

リップを塗り直して、ブラシで髪の毛を整えていると、部屋に備え付けられた内線電話のコール音が鳴り響いた。

「ユキです。準備出来ています」

それだけ伝えて、受話器を置く。

コール音が鳴るのは、客が案内される5分前の合図。

…大丈夫。

自分自身に言い聞かせるように心の中で呟き、鏡に向かって笑顔を作った。

ーーーーー

コンコン、とノック音が聞こえ、ドアを開ける。

「タナカさん、また会いに来てくれて嬉しい。ありがとう」

ニコッと微笑むと、タナカさんは照れくさそうに頬を緩めた。

スーツのジャケットを預かってハンガーに掛ける。

タイマーを120分にセットした後、マットレスに座ったタナカさんの隣に腰を下ろす。

「ユキちゃん、2ヶ月連続No.2、おめでとう」

「ありがとう。ナンバーに拘ってるわけじゃないんだけど、結果が出てるのは、こうやってタナカさんが会いに来てくれるおかげだよ」

祝いの言葉とは裏腹に、タナカさんは少し俯いている。

「ユキちゃんが人気嬢になったから喜ばなきゃいけないはずなんだけど…なんだかユキちゃんが離れていっちゃう感じがする。予約を取ろうとしても、埋まっちゃってる日も多いし…」

タナカさんは、私が入店したばかりの時からずっと指名して店に通ってくれている。いわゆる太客の1人だ。

「タナカさん、私は離れていかないよ。予約の件は早い者勝ちになっちゃうけど、いつもお店にいるよ。だから、そんな暗い顔しないで。ねっ、笑って」

さり気なく太ももに手を添える。

「…そうだよね。人気嬢になってもユキちゃんは天狗にならないし、ボクみたいなオジサンにも癒しをくれる。ボク、仕事も予約も頑張るね」

グイっと顔を上げたタナカさんの唇が近付いてきたのを、人差し指を当てて阻止する。

「タナカさん、キスは歯磨きとイソジンをしてからだよ。一緒にシャワー室に行こうね」

気分を害さないように、でもプレイ前のマナーは守るように、タナカさんの手を引いてシャワー室へと向かった。
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