姉に初恋を奪われた私は、もう黙らない ~Silent Summer~
「こんな時間から?」
睦美は焦りを滲ませる。
……麦がなにか言っても鵜呑みにしないよう、毎日少しずつ洗脳するつもりだったのに。
「あなたたちも大学生になったし、もう一度フルタイムで働くことにしたの」
「……」
ここへ来て母も自分の監視下から外れてしまうことに、睦美は激しく落胆した。だがそれを隠し、――そうなんだね、がんばってね、ママ、と取り繕った。
偽の母は、睦美にとって“味方でいてくれる人”だった。
祖父母が言っていた『あんな子』に警戒していたのはいつまでだったか――。
血が繋がっているはずの父はどこかよそよそしくて頼りにならず、母を味方につけるしかなかった。必死で『良い子』を演じていたら、母はとうとう実の娘である麦と同じに――いや、それ以上に、大切にしてくれるようになった。
実の娘の麦より自分の言葉を信じた最初の日、睦美は多幸感に酔いしれた。
そこからは母の歓心を得ることを優先した。
そうやって積み上げてきた『親子関係』を今更手放すわけにはいかない。
「じゃあ、よろしくね」
母は慌ただしく準備をし、あっという間に出て行ってしまった。
「あ……、いってらっしゃい」
誰もいなくなった家が急に広く、淋しくなった。
ひとりでいるのは苦手だった。
周りにどれだけたくさん人を置いても安心できなかった。
睦美は手に持っていたスマホに意識を向けた。
誰かに連絡をし、出掛けようか――そんなことを考えながら、麦に会わせた須賀を思い起こす。
「……」
睦美は、誰もいないリビングで顔を歪めて舌打ちした。
過去に、あの男だけだった。
麦と会わせたのに、――いったいどういうことかと怒ることも、説明を求めることもしてこなかったのは。