姉に初恋を奪われた私は、もう黙らない ~Silent Summer~
睦美が声にならない声で何か言い、後退りした。――違うの、これ、違うの……
うわ言のように繰り返している。
「大丈夫?」
泣きそうな顔が近くにあった。
「なんでこんな……」
遅れて、あ、私の頬のことだ、と気づいた。――どうやら私、ほっとしてしまったようだ。考えがまとまらない。
「――アオくん」
睦美が、碧を呼んだ。「これ誤解で……」
睦美は言い訳を始めた。必死に作った笑顔で。
「……」
碧の腕の中にいる私には、碧の矢のような視線が見えている。
「なにが誤解? むーちゃんに手をあげておいて」
「アオくん……“むーちゃん”は私、だよ?」
「――は」
碧は失笑の後で、ひどく冷たい声を睦美に向けた。
「むーちゃんから奪ったあだ名も返して。昔からずっとこの子のものだから」
「!」
睦美が狼狽えている。
私はただ碧を見上げて、守られているだけになっていた。
「アオくん……私の話聞いて。私が――叩いたことは、認める……でも、それ仕方なかったの。私、侮辱されて、それで自分を、守ったの」
「……」
碧が奥歯を噛んだ音が聞こえてきた。
「都合良く言うんだね」
「本当なの、信じて」
「きみのなにを信じられるの?」
碧は険しい視線を解いてから私を見下ろした。その目が、俺にまかせて、と言っている。
私は――、私は、それに甘えた。
「初めから知ってたよ。きみがむーちゃんのふりして俺に近づいてきたところから」
「……え?」
睦美の表情が固まった。
……私も、驚いて碧を見上げたままになった。
「あ、あの……違うの、それにも『理由がある』の……だから、お願い、ちゃんと話を聞いて?」
「それ、むーちゃんを悪者にするためにきみが考えた創作、だろ」
!
……アオくんは全部知ってたんだ
私は、小さく震えた。
「きみの周りにいた人たちは信じたかもしれないけど、俺には通用しないよ」
「で、でも――私が、麦ちゃんじゃないって知ってたのに、私とずっと会ってくれてたんだよね、――私のこと、好きだったからじゃないの?」
睦美の笑顔は焦りを飲み込んで、歪んでいた。
「俺、きみに好きだなんて言ったことあった?」
「……っ、だって、今日『記念日にする』って……っ」
「うん。間違ってないよ。むーちゃんがきみの支配から抜け出す記念日だ」
睦美が膝から崩れ落ちた。