姉に初恋を奪われた私は、もう黙らない ~Silent Summer~
……!
このタイミングに驚いたと同時に、まさか碧と……? と、黒い感情が波立った。
……それでも一晩かけ、無理矢理気持ちを切り替えた。
朝、睦美が家を出た後で母に近づいた。
「今日、お姉ちゃん帰ってこないんだよね? 私も友達の家に泊まりに行くから」
「え?」
母は私の外泊に動揺したようだった。
だが睦美を送り出した手前、差別できないと考え直したようだった。
「あと、お姉ちゃんにはこのこと言わないでほしい」
私は、一番大切なことを慎重に口にした。
「……どうして?」
「どうしても」
「……」
母は床に泳がせた目をふいに上げた。じいっと私を見る。
「――麦、今度、ママとふたりで出掛けない?」
「!」
私は随分昔に、睦美から命令されて『ママ』から『お母さん』に呼び方を変えていた。直接呼びかけることはほとんどなかったけれど、睦美との会話では『お母さん』で統一してきた。そのことを母も知っているはずだった。
「……なんで?」
動揺が激しい。「急に、どうしたの……」
母は弱く笑った。
「麦がこんな風にママの目をしっかり見てくれたのもひさしぶりだから、もしかしたらまた、前みたいに戻れるのかなって思って」
「……」
何も知らない母が恨めしくなった。
「……私も、話がある。だからいつか、ふたりだけで行こう」
睦美のことを伝えたら、母はなんと言うだろう。
私の味方になってくれるだろうか……。
「でもこのことは『ママ』と私の秘密にして」
『ママ』と呼びかけたことに自分なりの変化を込めた。それが伝わったかどうかは分からない。母の目にじわりと涙が滲んで、それを見ていたらつられそうになり視線を外した。
「いってきます」
「気をつけるのよ」
「うん」
いつもと違う温度差の会話を背に、私は静かに家を出た。
待ち合わせの場所で麗と合流し、これから始まる小さな旅を楽しみに降りた階段の先、新幹線のホームに、碧が立っていた。