姉に初恋を奪われた私は、もう黙らない ~Silent Summer~
今『むーちゃん』と呼ばれるのは姉の睦美だが、私がまだひとりっこだった頃に呼ばれていた愛称も『むーちゃん』だった。
「私だよ、麗だよ」
「え……、れいちゃんって……でも」
自分を今も「むーちゃん」と呼ぶ女の子にはひとりだけ心当たりがある。
――けれど、そんなはずがない、という思いが疑いとなって声に乗った。
「私の知ってる『れいちゃん』は引っ越して……」
“琴乃”のユニフォームを着たショートカットの女の子をためらいがちに見る。
「そう、その『れいちゃん』が私」
麗が口を大きく開けて笑った。
上がった目元と高い頬骨に幼い頃の面影が重なった。
「ほ、ほんとに、あの、れいちゃん?」
あまりの動揺に早口になってしまう。
「いつ? いつ、こっちに戻ってきたの? ここでバイトしてるの? いやでも、大人っぽくて、全然気づかなかった」
ピアスの耳元ときれいな色のリップが、私たちの上を通り過ぎたたくさんの月日を感じさせた。
「そういうむーちゃんは、こんな“しおらしい感じ”の女の子だったかな?」
「そうかな……」
顎を引いた。
子供の頃の私はお転婆で、お喋りで、天真爛漫だった。そのことを忘れていたわけではない。ただ、あまりにも遠い記憶だった。
「宮原さん、お嬢さんと知り合いなの?」
今日一日丁寧に私に仕事を教えてくれたスタッフが、驚きを声に乗せた。
私は瞬きをする。
……え?
「お嬢さん?」
「そう。社長の娘」
「!」
二度見する私に、麗は豪快に笑った。
「ははは。そう。あの『貧乏れいちゃん』家が、今じゃこんなことになってるのよ」
そのストレートな物言いに、裏も表もなかった子供の頃の麗が垣間見えた。
「てか、信じられないって顔してるけど、“うちの店”だって気づいてバイト募集に申し込んでくれたんじゃないの?」
「!」
私は放心のまま、小刻みに首を振った。
「し、知らなかった。でも、れいちゃんのお母さんのおかげで、うどんは私の一番好きな食べ物だから……」
「あは。嬉しい――ね、もうあがるよね?」
「あっ」
慌てて掛け時計を見上げた。バイトの終了時間五分前だった。