姉に初恋を奪われた私は、もう黙らない ~Silent Summer~

また会おう、と言ったあの子のこと



 帰宅すると、母と睦美がリビングにいた。

「……ただいま」
 私は睦美の顔色を窺いながら、ぼそぼそと言った。
「こんなに遅くなるなんて、だめよ。女の子なんだから」
「……」
 心配する母に、私はぷい、っと横を向き無言で階段を上がった。
 親の前では言葉数少なく不機嫌でいること――それも睦美が決めたルールだった。 

 
 すぐに睦美が追いかけてきた。
 部屋のドアが閉まると同時に、神経質な声が向かってくる。

「なんでこんなに遅かったの?」
 睦美とふたりになる空間は、常に空気が痛い。
「あ、うん、ちょっと説明聞いたり、質問したりしてて」
 私は古びたショルダーバッグを肩から下ろしながら、背中越しになんとか答えた。
「たかが皿洗いなのに、なにがそんなに難しいの?」
「決まり事が多くて、なかなか、覚えられなくて」
 充実した一日は心地良い疲労感を伴っていた。
 私は俯いたまま、小声で嘘の言い訳をした。睦美は顎の先に手を当てて私を見ていた。
「……」
 楽しかった――つかのまの“自由”にほっとしていた――そんな心の中を一瞬でも覗かれないよう、私は睦美の視線が離れるまでじっとしていた。

「あのさ、麦ちゃん。私の傷痕のためならバイト辞めていいんだよ。私は一生このままだって構わないんだから」
「むーちゃん……、ごめんね」
 何万回も謝った。いつだって本心だ。
 だけどそれが何になるというのだろう。どんなに心を込めても、伝わらなければ意味がない。

「おやすみ。また明日」
 受け入れてくれない睦美を詰る資格は、加害者の私にはない。
「……おやすみ、むーちゃん」
 振り返らない背中にそっと返した。



   *  *

 時間が許す限り、アルバイトを入れた。
 
 お金を稼ぐことも重要だが、普段の自分を知らない人たちとの触れ合いは息が吸いやすく、なにより麗と会えることが楽しみだった。
「お疲れさま」
 麗は、他の店舗で仕事をした後も必ず顔を出してくれた。厨房に人が足りないときは並んで皿を洗ってくれ、片づけをしてくれる。
 
「日曜日なのに入ってもらってよかったの? 昨日も働いてもらったのに」
「うん。休日は暇だし」
「大学生は恋にサークルに大忙しじゃないの?」
「まあ、そういう人もいるだろうけど」
 睦美を脳裏に描いて言う。
「むーちゃんは違うの? 似合いそうだけどね」
「わ、私が?」
「再会の日も思ったけど、わざと地味にしてるよね。モテるの煩わしいとか、そういう感じ?」
 おもいっきり首を横に振った。
 麗の、私への評価が高すぎて身の置き場がない。
「あっ、そうだ。思い出した!」
「な、なに」
 話題が変わってほっとした。
「アオくんのこと覚えてる?」

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