姉に初恋を奪われた私は、もう黙らない ~Silent Summer~
「もちろん覚えてるよ」
私は即答した。
近所に住んでいた私たちより少し年上の幼なじみ。
事故に遭い目の視力が低下し続けていて、ぼんやりとした視界の中、音を頼りに過ごしていた。
「『碧くん』で、アオくん。アオくんのお母さんが『アオ』って呼んでたんだよね」
「そうだっけ? むーちゃん、記憶力いいねえ。私は毎回ケーキが美味しかったって思い出しかないよ」
「あはは」
碧との出会いは、彼の母親によるものだった。家の前で『うちにも小学生の男の子がいるのよ、ケーキがあるの、食べていかない?』と声を掛けられた。
―――「ケーキだって、どうする?」
知らない家に入ってはいけないことぐらい分かっていた。だが私と麗は食いしん坊だった。それに見上げる窓辺にいつも男の子がぼんやりしていたことにも気づいていた。
しばらく経ってから碧の母親が話してくれた。
家から出られない息子のために友達を作ってあげたくて近所に住む男の子たちを何人か招き入れたと。けれどケーキで釣っても食べ終えればソワソワしはじめる。息子の話し相手に――という思惑は空回りしてばかりだった。そんな時、外を歩く私と麗に目が留まったらしい。数日悩んで声を掛けたのだと教えてくれた。
「アメリカに手術しに行ったんだよね」
日本ではできない手術で、最終的には家と土地を売りアメリカへ渡ったのだ。
「元気かなあ」
麗のこと同様、彼のことも忘れたことはない。三人で過ごした幼い頃の日々は私にとって最も幸せな記憶だったから。
「むーちゃん、アオくんにプロポーズされてたよね」
「あの会話にそんな意味はなかったと思うけど」
「いや、そういう意味しかなかったでしょ。むーちゃんの手を握って『大人になったらまた会おう』って」
「そ、それは、そうだけど」
生まれて初めて胸がきゅうっと締め付けられた初恋の記憶は、今もはっきりと取り出せる。
「アオくんね、こっちに戻ってきてるよ」
「えっ?」
懐かしさに浸かったまま、私は現実に戻った。
仕事中だということも忘れ、皿洗いの手を止めて麗に向き直っていた。麗は私が出しっぱなしにしていた水道の蛇口を笑いながら止めた。
「何度か手術をして、今は日常生活が送れるようになってるよ」
「……手術成功してよかった。ずっと心配してたんだ」
胸に手を当てて心から言った。
「しばらく音沙汰なかったけど、少し前に連絡きてね、東京の大学に編入するとかどうとか」
「……」
麗には近況を報告していたと知り寂しさは隠せなかったが、碧の目が見えるようになったことが嬉しかった。
「れいちゃんもアオくんも、私にとって本当に大切な存在だったからさ」
ふたりが元気だったならいい――そう思い直し、複雑な感情に蓋をした。
麗が考え込むような顔をした。
「あのさあ、もしかしてと思ったんだけど」
「うん?」
「うちらの手紙って届いてた?」