もう一つの学校
存在しない階段
次の日の放課後。
静まり返った廊下。
帰宅部の生徒は帰宅し、部活がある生徒は皆それぞれの場所に向かった。
雅は、あの校内マップの前にいた。
「やっぱり、今朝見たときはなかったのに。今はある……」
「階段?」
背後から声がしたが、雅は振り向かず、続けた。
「ええ」
「気になる?」
ヤマトが雅の右隣に立った。
「傾斜は35°や」
今度は誰かが左隣に立った。
ジョウだ。
「なんの話?」
「階段の傾斜の話」
「……この階段は、一体なに?」
「見た方が早いかなあ〜! 神崎さんも行ってみる?」
「おい、ヤマト。やめろや。DIC-582も知らん方がええ」
「あ、DIC-582は、黒だったわ。どういう意味?」
「……。いくで、ヤマト」
「え〜! 昨日、神崎さんに説明するって言ったのに! 待ってよー。ジョウー!」
ヤマトが足早に立ち去るジョウを追いかける。
雅は少し間を空けてから、こっそり2人について行くことにした。
やっぱりあった……。
そこは、校内マップにひっそりと現れた階段だった。
普段はここは突き当たりだ。
だが、今は4階へと続く階段が現れている。
もしかして、この時間に現れるのかしら。
……存在しない階段が。
織姫学園は、3階建てで、4階はないはずだ。
屋上はあるが、生徒が立ち入らないように屋上へ続く道は重い扉で施錠されている。
ジョウを先頭に、ヤマトもその階段を登っていく。
雅は、2人の姿が見えなくなったところで、その階段の一段目に足を乗せたーー。
◇◆◇
どれくらい階段を登っただろうか。
小学生の頃、父と母と江ノ島に行ったとき。
江ノ島神社まで長い階段を登った覚えがあるが、そのくらいは上っているはずだ。
やっと終わりが見えてきたわ。
そしてーー。
階段の最上段には、人がひとり通れるくらいのグレーの細長い扉がひとつ。
2人は、この先にいるのかしら?
雅は、なにか起きるかもしれない不安で足がすくんだ。
けれど、ここまで来てしまったのだから、この先に行ってみたいという好奇心が勝った。
ーーガチャ。ギイイイ。
扉を開けると、そこはーー教室だった。
「あ、来ちゃった? 神崎さん」
ヤマトもジョウもきれいに並ぶ机と椅子。
2人はまるで自分の席のように座っていた。
扉を閉めると、その扉は……掃除用具入れ……?
改めて教室を見渡すとーー。
黒板、机、椅子、そして、担任の田中が気に入ってかけているクロード・モネのカレンダー。
ここは、3年C組の教室?
2人は、自席に座っているということ?
「C組の教室……?」
でも、なにかがおかしい。
窓の外を見ると夕日ーーではなく、朝日が登っているようだ。
時計の針を見ると、6時半。
もしかして、朝の6時半……?
「ここは、3年C組……?」
雅が2人を見て問いかけると
「そう、3年C組だよ」
と、ヤマトが笑顔で答えた。
「でも、階段を上ってきて……」
「254段や」
ジョウの言葉を無視して雅は続けた。
「あんな長い階段の先が私たちの教室?」
「……いーや、違う。"もう一つ"の3年C組だよ」
もう一つの3年C組……?
頭の良い雅だったが、この状況を飲み込めないでいた。
「おい、ヤマト」
「ジョウ、ここまで来たら、神崎さんも運命共同体じゃん?」
「関係ないやろ。お前はもう帰れ」
「どうして関係ないって言えるの?」
放課後に現れる謎の階段。
そして、階段の先のもう一つの世界……。
なにが起きているのだろう。
「……関係ないやろ。元来た道に戻ればいい。254段降るだけや」
ジョウもヤマトもなにかを知っている。
どういうことか教えてもらうまで、雅は帰れないと思った。
「帰れないわ。こんな状況を目の当たりにしたら夜も寝れないもの」
「まあまあ、ジョウ。神崎さんだって戸惑うよ」
ジョウは「はあ」と大きなため息をついてから、雅に言った。
「……今日だけやで」
「よかったね! 神崎さん! ジョウの許しが出たね!」
パッと顔を明るくしたヤマトが席を立って喜んでくれる。
雅はなんとなくお辞儀をした。
「じゃー、俺が説明しよう! なにから話そうかな〜。あ! まずは、時計を見て」
雅が時計を見ると、6時半のまま。
もしかして、さっきから進んでない……?
「止まってるでしょ」
「ずっと6時半なの?」
「そう。ずっと朝6時半」
「……不思議な世界ね」
時が流れているような空間なのに、時間が進まないなんて。
「神崎さんのいう不思議な世界。ズバリ、もう一つの学校だよ」
もう一つの学校……。
「もう一つの3年C組じゃなくって?」
「もちろん、もう一つの3年C組でもあるけど、ここだけじゃなくて、学校全体がコピーされているんだ。俺らが調べたかぎりね」
「……学校全体がまるっともう一つあるってこと?」
「うん、そういうこと」
ここはもう一つの私立織姫学園であり、時間が止まっているーー。
教室内を端から端まで見ると、机に落書きをするジョウが視線に入った。
雅は、迷わず質問する。
「なにをしているの?」
「……」
ジョウが無視するので、ヤマトが代わりに回答する。
「ジョウは、ここに来た回数を正の字で記録してるんだよ。毎回ね」
「すごいわね。何回目?」
「数えたらおもんない。正の字が増えていくのがロマンや」
「あ……そう……」
ジョウにはジョウのルールがあるのだろう。
それを毎回やっていると考えると、やめられなくなる気持ちが雅には少しわかった。
「あなたは、ここでなにかしているの?」
「俺?」
雅は、ヤマトももう一つの学校でなにをしているのか気になった。
「ええ」
「俺は、お菓子」
「お菓子?」
「飴ちゃんをね、色んな味の。ひとつひとついろんなクラスのいろんな席に置いていってて。なんとなく、ここの世界の人にあげたくって」
きっとヤマトは、表裏のない、根っからの人に尽くすタイプなのだろう。
飴を置いていって、誰かもらってくれるのかしら。
人の気配は、まったくないけれど……。
「飴はなくなるの?」
「ううん、誰ももらってくれない。そのままさ」
「人はいないのね?」
「うん、今まで人に会ったことはないんだ」
「不思議……」
その後も、ヤマトは、階段の先にあるーー“もう一つの学校"について話をしてくれた。
2人は中2の秋に、もう一つの学校の存在を知ったらしい。
もう一つの学校について調べるとこんなことがわかったようだ。
・16時半を過ぎると、その階段が現れる
・16時半から17時までの間は、もう一つの学校は午前6時半
・17時過ぎから18時半の間は、午後6時半
・時間が止まっている
まったく同じ学校が"もう一つある"だけ。
唯一の違いは、人がいないということ。