恋と焦燥のロードマップ
それは、すっかり革の角が丸くなり、黒ずんで年季の入った、小さな革製のキーホルダーだった。表面には、擦れてほとんど消えかかっているが、確かに『M』のイニシャルが刻印されている。
「……嘘だろ」
俺は息を呑んだ。
「それ、高校二年の時の……」
「そう。京都の修学旅行の自由行動の時に見つけた、路地裏のあの小さなお店で買ったやつ」
美月は悪戯が成功した子供のような顔で笑った。
「東京に行く時も、就職して引っ越した時もさ、これだけは捨てられなくてさ。なんかお守りみたいにずーっと鍵につけたり、スマホにつけたりしてたの。まさか、二十九になってもまだ持ってるなんて、誰にも言えない秘密だったんだけどね」
俺は何も言わず、自分のビジネスバッグのジッパーを開けた。奥にある内ポケットを手探りで、いつも入れている小さなポーチを取り出す。その中から自宅の鍵を引っ張り出し、テーブルの上に置いた。
美月のスマホの横に、全く同じように古びた、しかし『T』のイニシャルが刻印された革のキーホルダーが並んだ。
美月は信じられないというように目を丸くし、それから今日一番の大きな笑顔を咲かせた。その目には、微かに涙が浮かんでいるようにも見えた。
「拓也……あんたも持ってたんだ」
「ああ。実家の机の引き出しにあったのを見つけてさ。アプリを始める少し前、いい加減に過去を忘れて前を向こうと思って、あえてお守り代わりに鍵につけたんだよ。まさか、美月の手元にもまだ残ってるなんて思わなかったけどな」
テーブルの上で並ぶ、二つの古いキーホルダー。
十数年という離れた時間が、その二つの革の傷や色褪え方に刻まれている。けれど、それは同時に、どれだけ離れていても、俺たちの心の根底にある「一番純粋だった頃の約束」が、今も切れずに繋がっていたことの証明でもあった。
「なんか、すごいね」
 美月は並んだキーホルダーを愛おしそうに見つめながら、小さく呟いた。
「ねえ拓也。今日は本当に会えてよかった。今度、またどこか出かけようよ。ほら、高校の時みたいに、映画とかさ」
「ああ、いいな。行こう」
その夜は、お互いの過去の答え合わせができた嬉しさで、胸がいっぱいだった。
俺たちの止まっていた時間が、ようやく動き出したかのような、そんな全能感すら覚えた。

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