恋と焦燥のロードマップ
「うるさいな。あれはアプリの有識者ブログみたいなのに『男は誠実さが命』って書いてあったから真似したんだよ。そっちの白いワンピースの軽井沢マジックこそどうなんだよ」
「ちょっと!あれは本当に奇跡の一枚なの。普段はこんな地味な格好しかしてないよ」
美月は自分の着ているネイビーのニットの袖を引っ張ってみせた。
お互いに仕事の愚痴や、最近のアプリでの「微妙な出会い」について話し出すと、会話のスピードはどんどん加速していった。
お互いが「何もない頃の自分」を知り尽くしているからだろう。営業スマイルも、男としての無駄な背伸びも必要ない。どんなアプリの異性といる時よりも、圧倒的に「素の自分」でいられる心地よさがあった。
ビールが空になり、二杯目のレモンサワーを注文した頃、会話は自然に過去の方向へと流れていった。
「ねぇ、拓也。デザインの仕事がしたくて東京の大学行った最初の頃、本当に寂しくて死にそうだったんだよ」
美月はジョッキの縁を人差し指でなぞりながら、少し目を伏せた。
「夜、狭いアパートで一人でいるとさ、どうしても思い出しちゃうんだよね。あの埃っぽい部室のこととか、拓也と片方ずつ分けて聴いてたあのサントラのこととか。……忘れようって思えば思うほど、なんか頭の中で音楽が流れてきちゃってさ。拓也は? 地元の大学に行って、すぐ新しい彼女とか作らなかったの?」
「作れるわけないだろ」
俺は苦笑交じりに首を振った。
「新しい誰かとデートして、手を繋いだり映画を観たりするたびにさ、どうしても美月の影を探しちゃうんだよ。あの駅のホームで、美月が泣きながら笑って『バイバイ』って言ったあの顔が、ずっと胸の奥に刺さったままでさ。他の誰かと付き合っても、結局美月と比べて『違う』って思って長続きしなかった。……情けないけど、二十九になってもまだ、俺はあの場所に囚われてたんだと思う」
俺のぶっちゃけた本音に、みつきは驚いたように目を見開いた。そして、どこか愛おしそうな、でも切ないような複雑な笑みを浮かべて、カバンの中に手を伸ばした。
「ねぇ、拓也。ちょっとこれ見て」
美月がテーブルの上に置いたのは、彼女の現在のスマートフォンの本体だった。そのケースのストラップホールから、小さな茶色い塊がぶら下がっている。
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