恋と焦燥のロードマップ

【隠れ家バーと、深まる窒息感】

最初のデートから二週間。私と大輔のメッセージのやり取りは、毎日のルーティンになっていた。
『真由さん、おはよう。今週も一週間頑張りましょう』
『大輔さん、おはようございます!今日は天気が良くて気持ちがいいですね。お仕事、無理せず頑張ってくださいね』
朝の通勤電車、満員電車のドアに押し潰されながら、私は必死に清楚な絵文字を選んでスマホをタップする。口にはいつものランチパックのピーナッツ味が残っている。画面に映る『真由』という健気なキャラクターは、すでに私の手を離れて一人歩きを始めているようだった。
けれど、偽物の関係だったはずなのに、私の心だけがジワジワと本物に侵食されつつあった。
大輔は、メッセージの返信が驚くほどマメだった。私が仕事のちょっとしたミスで「少し落ち込むことがあって」と濁して送った夜には、すぐに『大変でしたね。真由さんはいつも頑張っているから。温かいものでも飲んで、今日は早く休んでください』と、胸がすっと軽くなるような言葉をくれた。
大輔が語る「タワマンのコンシェルジュの対応」や「ゴルフのスコア」の話を聞くたびに、江東区の築古アパートで暮らす私の現実との距離が、何光年も離れていくような気がした。
「真由さん、どうかした? ちょっと顔色が赤いけど、大丈夫?」
大輔が心配そうに、私の顔を覗き込んでくる。その瞳があまりにも純粋で、真っ直ぐで、私の胸の奥がキュンと切なく痛んだ。
「あ、ごめんなさい、ちょっとお酒が回っちゃったみたいで……。でも、大輔さんとお話ししてると、楽しくて時間があっという間に過ぎちゃいます」
また、嘘をついた。楽しいのは本当だ。でも、しんどいのも、苦しいのも本当だった。
大輔の優しさに触れるたび、私のついた「丁寧な暮らし」という嘘の足枷が、冷たく、重く、私の足首を締め上げていく。
帰り道、六本木の冷たい夜風に吹かれながら、私は大輔と並んで歩いた。
「真由さん、次はさ、週末に少し遠出してみない? 僕の車で、江の島の方までドライブに行こうよ。美味しい海鮮のお店を知ってるんだ」
「ドライブ! 素敵ですね、ぜひ行きたいです」

四節【ゲリラ豪雨と、メッキの剥奪】
土曜日の午前九時。秋晴れの青空が広がる横浜駅のロータリーで、私は三度目の正直となる勝負服の裾を何度も直していた。
ルミネで買い直した、細いリブの入ったベージュのタイトニットワンピース。身体のラインを拾いすぎるのが怖くて、昨日の夜は補正下着を血眼になって探した。足元は、一回目のデートで死にかけた反省を活かし、少し低めの五センチヒールを選んだけれど、それでも普段スニーカーしか履かない私の足首は、すでに緊張で強張っている。
「真由さん、お待たせ!」
低く重厚なエンジン音と共に、ロータリーに滑り込んできたのは、目が眩むほどピカピカに磨き上げられた黒いドイツ製の高級SUVだった。窓がすっと開き、中からネイビーのポロシャツを着た大輔が顔を出す。
「大輔さん……すごい車ですね」
「あはは、まあね。天気がいいから、こっちの車にして正解だったよ。さあ、乗って」
助手席のドアを開けると、新車の本革の匂いがフワリと鼻をくすぐった。シートに身体を沈めると、まるでファーストクラスにでも乗ったかのような座り心地だ。
やっぱりこの人は本物のお金持ちなんだ、と私は改めて自分の身の丈の低さにクラクラした。
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