恋と焦燥のロードマップ
「じゃあ、そろそろ東京に戻ろうか。帰り道、ちょっと渋滞するかもしれないけど」
「はい、おねがいします……」
大輔がアクセルを踏み、国道百三十四号線に入った直後、世界は一変した。
フロントガラスを叩きつけたのは、雨、というよりは、文字通り水の塊だった。バケツをひっくり返したような凄まじいゲリラ豪雨。ワイパーを最速で動かしても、前走車のテールランプが滲んでまともに見えない。
「うわ、すごい雨だね……」
大輔の声が、明らかに上ずっている。
それと同時に、最悪のタイミングで週末の湘南特有の、絶望的な大渋滞が始まった。ブレーキランプの赤い列が、雨に煙るアスファルトの彼方まで延々と続いている。一分に数メートルしか進まない。
車内は、逃げ場のない完全な密室と化した。
物理的な距離は近いのに、二人の間には凍りつくような沈黙が流れている。大輔の運転はさっきからますます余裕をなくし、ブレーキを踏むたびに車体がガクンと前後に揺れた。すれ違う車やガードレールとの距離感が掴めないのか、大輔は何度もミラーを交互に見つめ、額にべっとりと汗をかいている。
「大輔さん…大丈夫ですか? 結構激しい雨ですね」
「え? ああ、うん! 全然大丈夫だよ! これくらいの雨、慣れてるからさ。フランスでレンタカーを借りてプロヴァンスを走った時は、もっと視界が悪かったしね!」
大輔は引きつった笑顔のまま、またプロヴァンスの思い出を引っ張り出してきた。
いつもなら「すごーい!」と拍手するところだけれど、今の私には、その嘘のラリーに付き合うだけの精神的体力が一ミクロンも残っていなかった。
五センチヒールの中で、私の両足のかかとは完全に感覚を失い、脈打つような鈍い痛みがふくらはぎまで駆け上がっている。お腹はペコペコを通り越して、シクシクと悲鳴を上げていた。
一時間。いや、二時間近くが経っただろうか。車はまだ、鎌倉の手前で燻っている。
大雨の音だけがルーフを激しく叩き、車内の酸素がどんどん薄くなっていくような、息詰まるような沈黙が二人を包んでいた。大輔もお洒落なプレイリストを消し、ハンドルを握りしめて前方を凝視している。
車内を支配する、完璧な静寂。
その静寂を、最悪のタイミングで切り裂いたのは、私の「肉体」だった。
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