恋と焦燥のロードマップ
 南條湊斗として見られることには、もう慣れている。
けれど、ただの湊として見てもらえることが、こんなにも嬉しいなんて思わなかった。
「……そっか」
それ以上、うまく言葉が出てこなかった。
その日を境に、何かが大きく変わったわけではなかった。次の日も、雫からいつものようにメッセージが届いたし、俺も撮影の合間に返事をした。仕事が終われば電話をして、休みが合えば会った。雫は俺の出演作について詳しく聞いてくることもなかったし、俺も自分から仕事の話をすることはほとんどなかった。たまに撮影の話をすれば、雫は以前と変わらない顔で聞いてくれる。それだけだった。
でも、俺にとっては、その「それだけ」が以前とは少し違って感じられた。
雫は俺が俳優だと知っている。それでも、俺の前で構えることもなければ、何か特別な態度を取ることもない。街を歩いているときに人の視線を気にしているのは、むしろ俺のほうだった。雫はそんなことなど知らないように、見つけた店の話をしたり、仕事であったくだらない出来事を話したり、時々俺の返事に笑った。
その笑顔を見ていると、俺もいつの間にか肩の力が抜けていた。
ある休日には、昼過ぎから会って、雫が前から気になっていた喫茶店へ行った。窓際の席で向かい合って座り、注文したケーキを半分ずつ食べながら、最近見た映画の話をした。雫が途中で話を忘れて、「なんの話してたっけ」と笑うから、俺もつられて笑った。
別の日には、仕事終わりに少しだけ会った。ほんの一時間くらいしか時間がなかったのに、雫はそれでも「顔が見たかったから」と笑った。俺も同じだった。
そんな日々が、少しずつ積み重なった。そして、ある日の帰り道。駅に向かう途中で、雫がふと足を止めた。
「ねぇ、湊」
「ん?」
「次、いつ会える?」
振り返った雫が、なんでもないことのように聞いてくる。
「……」
俺はすぐに答えられなかった。
次の休みはいつだったか。頭の中でスケジュールを確認するより先に、その言葉だけが残った。
『次、いつ会える?』
その一言が、妙に嬉しかった。
多分、雫にとっては本当に何気ない質問だったのだと思う。それでも俺には、これまで曖昧にしてきたものを、もう一度考えさせるには十分だった。
「どうしたの?」
「いや……」
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