恋と焦燥のロードマップ
その返事を聞いてから、少し考える。そういえば、あのドラマのタイトルを雫に教えた覚えがない。撮影で遠くに行ったことは話たけど、作品の名前まで話しただろうか。
「あれ、俺ドラマの名前教えたっけ?」
「……うん」
「え?」
雫が少しだけ視線を逸らした。
「…自分で調べた」
「調べたの?」
「……うん」
その答えに、俺は少し驚いた。雫は普段、テレビを見ないと言っていたからだ。
「でも、雫ってテレビ見ないんじゃなかったっけ?」
「…うん」
雫が小さく頷いた。そして、何かいいづらそうに「実はね」と何かを話し始めた。
「私、テレビ見ないって言ってたけど……テレビ自体、持ってなかったんだよね……」
「……持ってなかったの?」
思わず聞き返してしまった。雫は頷いて、少し恥ずかしそうに笑った。
「うん。ずっと持ってなかった」
そこで、頭の中に一つの考えが浮かんだ。さっき言っていたドラマは、今テレビでしかやっってない。配信もまだ始まってないはずだった。
「……自意識過剰かもしれないけど」
自分で言いながら、少し恥ずかしくなる。
「それって……俺を見るためだったりする?」
雫が俺を見てきたので、頬が少し赤くなった。
「……だったら?」
その一言で、十分だった。
「めちゃくちゃ嬉しい」
「……そう?」
「うん」
素直にそう答えると、雫は照れたように視線を落とした。
「なんか……恥ずかしい」
「俺は嬉しいけど」
「もう、いいから」
「なんで?」
「恥ずかしいから」
そう言って、雫はまた料理に視線を戻した。耳が少し赤くなっているのが見えて、俺は思わず笑ってしまう。
「今度出るやつも、見てくれる?」
「……見る」
「約束だよ?」
「うん。約束」
そう答えた雫を見ながら、俺は小さく笑った。自分が出るドラマを見てほしいだなんて、今まで誰にも思ったことはなかった。けど、今初めて雫…彼女には見てほしいと思った。
それから少しして、二人とも食事を終え、外はすっかり暗くなっていた。昼間とは違う静かな街の中を、二人で並んで駅へ向かう。道中、ふと俺の右手に温もりを感じた。俺は静かに感じているその温もりを優しく包み込んだ。
「今日、楽しかったね」
「うん。俺も楽しかった」
「また来ようね」
「もちろん。でも、次はもう少しちゃんと予定立てよっか」
「いや、今日みたいなのでいいんじゃない?」
「でも、迷ったよ?」
「それも含めて楽しかったし」
雫が少し笑う。俺も雫につられて笑顔になる。
「じゃあ、また迷子になろうか」
「それは嫌」
「なんで?」
「湊、絶対また『たぶん』って言うから」
「……否定できない」
二人で笑いながら駅へと向かう。
帰りの電車では、行きよりも静かだった。窓の外を流れていく明かりを眺めながら、今日一日のことを思い出す。
特別なことをしたわけじゃない。一緒に歩いて、店を見て、道に迷って、写真を撮って、ご飯を食べた。それだけだ。それなのに、また行きたいと思った。
雫となら、どこに行ってもいい。目的地がどこなのかよりも、誰とそこへ向かうのかの方が、今の俺には大事なのかもしれない。そんなことを考えてるうちに、隣から小さな声が聞こえた。
「湊」
「ん?」
「また、どこか行こうね」
窓の視線を離して、雫を見る。
「うん、そうだね」
迷わず、笑顔でそう答えた。

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