恋と焦燥のロードマップ
俺は相槌だけを静かに返した。
雫の声は落ち着いていたけれど、普段みたいに言葉が自然に続いていく感じではなかった。何かを思い出すたびに、その記憶を自分の中で確かめるように、言葉を選んでいるように聞こえた。
「そのときね、どうしても見たいテレビがあって」
そこで雫は一度言葉を止めた。
「だから、その日はみんなと一緒に食べないで、自分の部屋でテレビを見ながらご飯食べてたの」
そこに書かれていた出来事と、今、雫が話していることが、少しずつ重なっていくような気がする。まだ何も言わずに聞いていたけれど、記事を読んだときにはただ文字として受け取っていたことが、こうして雫の声で聞くと、少しずつ現実のものとして近づいてくるようだった。
「……そのときに、家に車が突っ込んできたの」
雫の声が、そこで少しだけ途切れた。
「家族はみんな、その事故で亡くなった」
俺は、すぐには何も言えなかった。
雫の横顔を見ながら、何か言葉を探そうとしても、今はどんな言葉も違うような気がした。だから、無理に何かを返すことはせず、その先にある言葉を待つことしかできなかった。
「私だけ、自分の部屋にいたから助かったの」
その言葉を聞いたとき、記事の中に書かれていたことが、ようやく俺の中でも繋がった気がした。
文字で読んだときには、ただ一つの事故としてしか受け止めていなかった。でも今は、その事故の中に雫がいたのだと分かる。しかも、家族を失ったあとも、その場所で生きてきたのだと思うと、さっきまでとは同じ話には聞こえなかった。
「だから……テレビを見るのが嫌になっちゃったんだ」
雫は窓の外に視線を向けたまま、少しの間を置いてから続けた。
「別にテレビが悪いわけじゃないってわかってるんだけど、あの日のこと思い出しちゃって。それから、しばらく見なくなったの。最初は見ないようにしてるだけだったんだけど、そのうち、テレビがなくても別に困らないなって思いようになって……気づいたら、もう長いこと持ってなかった」
淡々と話しているように聞こえるのに、その十年間がどんなものだったのかは、俺には簡単には想像できなかった。
「だから、湊と会ったときにテレビ見ないって言ったのも、本当にずっと見てなかったんだよね」
「……うん」
雫がそう話すのを聞きながら、俺は以前のことを思い出していた。
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