恋と焦燥のロードマップ
「湊の実家で、こうして泊まることになるなんて思ってなかった」
「俺も」
そう答えてから、俺は少し笑った。
「俺だって、今日ここに泊まるとは思ってなかったし」
「でも、ちょっと嬉しいかも」
「……俺も」
そう言葉にすると、雫がこちらを見た。
その目が合っただけなのに、なぜか少しだけ緊張する。
さっきまで母さんと三人で話していたときは、そんなことを意識する余裕もなかった。けれど、今は二人きりだった。
「先にお風呂、入ってくるね」
雫がそう言って立ち上がる。
「うん」
それから少しして、俺も風呂へ向かった。戻ってくると、部屋の中には雫がいた。
旅館に用意されていた浴衣を着て、髪を少しだけまとめている。
普段、何度も会っている雫なのに、その姿を見た瞬間、思わず足が止まった。
「……どうしたの?」
雫が不思議そうに俺を見る。
「いや……」
何でもないと言おうとしたけれど、視線を逸らすことができなかった。
いつもの服とは違う。それだけなのに、妙に新鮮だった。
白い浴衣の襟元から見える首筋や、普段より少しだけ柔らかく見える雰囲気に、どうしていいのか分からなくなる。
付き合っているんだから、雫のことを可愛いと思うのは今さらのはずだった。
それなのに、今はどうしても目を逸らしたくなかった。
「……似合ってる」
ようやくそれだけ言うと、雫が少しだけ笑った。
「本当?」
「うん」
「なんか、ちょっと間があったけど」
「……考えてた」
「何を?」
「言っていいの?」
「うん」
少しだけ迷ってから、俺は雫を見る。
「……可愛いなって」
言った瞬間、自分で少し恥ずかしくなった。
普段なら、もう少し平気な顔で言えるのかもしれない。
でも、今は違った。雫も少しだけ目を伏せて、照れたように笑っている。
「……ありがとう」
その声を聞いたら、余計に恥ずかしくなった。俺は誤魔化すように笑って、雫の隣に座った。
しばらく、今日のことを話した。父親と話したこと。母さんが昔の俺の話をしていたこと。駅まで歩いたこと。
どれも今日一日の出来事なのに、こうして振り返ると、随分長い一日だったように感じる。
「今日は、いろんなことがあったね」
雫がそう言った。
「うん」
「でも、来てよかった」
「……俺も」
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