恋と焦燥のロードマップ
その言葉のあと、少しだけ沈黙があった。
雫がこちらを見る。
俺も自然と雫を見る。
さっきまで普通に話していたのに、目が合っただけで、急に言葉が出てこなくなった。
雫が少しだけ身体をこちらへ向ける。
それにつられるように、俺も身体を向けた。
距離が近い。
いつもなら何か冗談でも言って、この空気を変えようとするのに、今日はそんなことをする気になれなかった。
今日一日を一緒に過ごしたこと。
家族と話したこと。
この場所に雫がいること。そして、今こうして二人きりでいること。
いろんなことが重なって、いつもより雫の存在が近く感じられた。
「……湊」
名前を呼ばれて、顔を上げる。
雫の目が、すぐ近くにあった。
何か言おうとしているのかもしれない。
けれど、俺も雫も、すぐには言葉にできなかった。
ただ見つめ合ったまま、少しずつ距離が縮まっていく。
その間、ほんの一瞬だったのかもしれない。
それでも俺には、妙に長く感じられた。
唇が触れる。
触れた時間は短かった。けれど、離れたあとも、触れた感覚だけがはっきり残っていた。
雫も少し照れたように視線を落としている。
俺も何を言えばいいのか分からなくて、しばらく黙っていた。
「……なんか、恥ずかしいね」
雫が小さな声で笑いながら言った。
「…うん」
俺も笑う。
それから、自然に雫の手に触れた。指を絡めると、雫もゆっくりと握り返してくれる。その温度を感じながら、俺はふと思った。
今日、ここへ来る前は、この場所に帰ってくることが少し怖かった。
親父と話すことも、昔のことを思い出すことも、どこかで避けていた。でも今は、そんな場所に雫がいる。
家族と話して、昔の自分のことを思い出して、その最後にこうして雫と手を繋いでいる。それだけで、昔とは違う場所になったような気がした。
「明日、帰るんだね」
雫がぽつりと言う。
「うん」
「…ちょっと寂しいかも」
「俺も」
そう答えて、握った手に少しだけ力を込めた。
明日になれば、またいつもの生活に戻る。
仕事もあるし、忙しくなれば会えない日もある。それでも、今日ここで過ごした時間は、きっとこれからも残っていく。俺が長い間離れていた場所に、雫との新しい思い出ができた。
それが、なんだか嬉しかった。
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