恋と焦燥のロードマップ
「……そっか」
そう言いながら、雫は少しだけ嬉しそうに笑った。
「じゃあ……おはよう」
「うん。おはよう」
昨夜よりもずっと静かな朝だった。それなのに、昨日の夜よりも少しだけ近くなった気がした。
そのとき、部屋の外から母さんの声が聞こえてきた。
「湊、雫ちゃん。朝ごはんできてるわよ」
「……ほら」
雫が小さく笑う。それに釣られて俺も笑ってしまう。
「行こうか」
「うん」
少しだけ身支度を整えて二人で部屋を出ると、廊下には朝の旅館らしい静かな気配が漂っていた。昨日の夜よりも人の声は少なく、遠くから厨房の音が聞こえてくる。
食事処に行くと、母さんがすでに料理を並べて待っていた。
「おはよう。よく眠れた?」
「うん。久しぶりによく寝た」
「雫ちゃんは?」
「はい。おかげさまでよく眠れました」
「それならよかった」
母さんはそう言って笑った。
それから三人で朝食を囲んだ。
焼き魚や味噌汁、卵焼きに漬物。特別なものではないのに、こうしてこの場所で朝ごはんを食べていると、子供の頃の記憶が自然と蘇ってくる。
「湊、昔は朝ごはんの時間になっても、なかなか起きてこなかったのよ」
「それ、今言う?」
「だって本当だもの」
そんなやり取りをしている隣で雫が笑っている。
「そうなんだ」
「朝が弱かったんだよ」
「今もじゃない?」
「……否定できない」
そんな会話を広げながら、三人で笑った。
昨日の夜もそうだったけれど、こうして母さんと雫が笑っているのを見ると、不思議な気持ちになる。
自分が長い間離れていた場所に、今は雫がいる。昔なら考えもしなかった光景だった。
朝食を終えると、俺たちは部屋へ戻って荷物をまとめた。
母さんに借りた部屋着を返し、忘れ物がないか確認してから玄関へ向かう。
「もう行っちゃうの?」
母さんが寂しそうに言った。
「うん。今日は帰らないと、明日仕事があるから」
「そうなの…」
母さんはそう言ってから雫を見る。
「雫ちゃんも、また遊びに来てね」
「はい。ぜひ」
「今度は泊まる予定をちゃんと建ててから来てもいいしね」
「そうですね」
雫が笑う。そのやり取りを聞いていると、昨日突然泊まることになったのも、今では少し可笑しく思えてきた。
靴を履き、玄関へ出る。
「じゃあ、母さん。また」
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