エリート学園の最上級王子は、地味な私を離さない。
「鳳城くん……怒ってる?」

「別に」

「それ、怒ってる人の言い方だよ」

私がそっとのぞきこむと、鳳城くんはわずかに眉を寄せる。

「おまえさ」

「うん?」

「中野先輩といるとき、笑いすぎ」

思わぬひと言に、私は目を瞬いた。

「え……?」

「楽しそうだった」

低い声。
どこか拗ねたみたいな響きに、胸が変に騒ぐ。

「中野先輩はやさしい人だから……」

「ふーん」

その返事が、ものすごく気に入らなそうだった。

「じゃあ、やさしかったら誰でもいいんだ」

「そ、そういう意味じゃなくて……!」

「無防備すぎ」

鳳城くんが一歩近づく。
それだけで心臓が跳ねる。

「俺以外にあんなふうに笑うなよ」

その言葉に、息が止まりそうになる。

「……それって」

聞き返しかけた瞬間、鳳城くんは少しだけ視線をそらした。
その耳がほんのり赤い。

「……気に入らないだけ」

「もしかして、嫉妬」

さっきの言葉を、勇気を出して返してみる。
すると鳳城くんの目がすっと細くなった。

「そうだって言ったら、どうする」

胸が大きく跳ねた。

からかいじゃない。
今の声は、本気に近い何かを含んでいた。

私は何も言えなくなってしまう。
そんな私を見つめたあと、鳳城くんはふっと小さく息をついた。

「……ほら、そうやってすぐ固まる」

「だって……」

「おまえ相手だと調子狂う」

その言い方がずるくて、甘くて、苦しい。

告白じゃない。
でも、告白じゃないのに、十分なくらい特別だ。

鳳城くんは私の手から鞄を奪ったまま、もう一歩距離を詰めた。

「中野先輩」

「え?」

「次からは名字で呼べ」

「ええっ?」

「名前で呼ばれるの禁止」

「そんなの無理だよ……!」

「無理じゃない」

「委員会の先輩なのに」

「関係ない」

本当に子どもみたいなことを真顔で言うから、私は困ってしまう。
でもその必死さが少しだけ嬉しくて、笑いそうになる。

すると鳳城くんがじっと私を見る。

「なに」

「……ちょっと、うれしいかも」

小さくそう言った瞬間、鳳城くんの表情が止まった。

「何が」

「鳳城くんが、そういうふうに思ってくれるの」

言った瞬間、自分でも恥ずかしくなってしまって、私はあわてて視線を落とした。

もうだめ。
絶対、顔が真っ赤だ。

沈黙が落ちる。
やってしまったと思った、そのとき。

「ほのか」

名前を呼ばれて、そっと顔を上げる。

鳳城くんは、いつもみたいな余裕のある顔をしていなかった。
少しだけ困ったような、でもひどくやさしい顔。

「そういうこと、簡単に言うな」

「え……」

「……本気で、どうにかしたくなる」

胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。

何を。
どうしたくなるの。
聞きたいのに、聞けない。

だって、それを聞いたら、本当に何かが変わってしまいそうだったから。

鳳城くんは私の頬にかかる髪を指で払ってから、ふっと笑う。

「今日は帰る」

「えっ」

「これ以上いたら、たぶんよくない」

「よ、よくないって……」

「鈍いままでいて」

そんな勝手なことを言って、鳳城くんはくるりと背を向ける。

「送るから、早く来い」

「も、もう……」

抗議したいのに、胸がうるさくてそれどころじゃない。

夕暮れの渡り廊下。
赤く染まった光の中で、私は彼の少し前を歩く背中を見つめる。

好き。
そんな言葉は、まだどこにもない。

でもきっと、言葉にしなくても伝わってしまうくらいには。
私たちの距離は、もうずいぶん近くなっていた。
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