放課後ロック・クラッカー!〜校内の開かずの扉、すべて開けてみせます〜
第三章 開かずの校舎と、姿なき暗号解読者
「はぁ、はぁ、はぁ……っ! 神臣先輩、速いです……っ!」
「喋るな、息が乱れるぞ! 急げ!」

地下迷宮の長い螺旋階段を駆け上がり、私たちは夕闇の迫る地上へと飛び出した。
西日に染まる校庭の向こう、中等部校舎の周囲には、異様な雰囲気が立ち込めていた。

普段なら部活動の声や笑い声が響いているはずの校舎が、不気味な静寂に包まれている。
よく見ると、校舎すべての窓に重厚な防犯シャッターが下ろされ、正面玄関の強化ガラス扉の上には、赤く点滅する『LOCK DOWN(全館封鎖)』の警告灯が灯っていた。

「な、なにこれ……!? 本当に全部閉まってる……!」
「落ち着け。中の様子を確認する」

神臣先輩が正面玄関のガラス扉に駆け寄り、中を覗き込んだ。
扉の向こうの昇降口には、放課後の補習や部活で残っていた中等部の生徒たちが二、三十人ほど集まり、パニックを起こして扉を叩いていた。

「開かないよ! 誰か助けて!」
「先生! ケータイも圏外で繋がらないの!」
「うわあぁん、怖いよぉ……!」

クラスメイトたちの泣き叫ぶ声が、強化ガラス越しにかすかに聞こえてくる。

『ふたりとも! 聞こえる!?』
インカムからカイ先輩の焦りきった声が飛んできた。
『敵のサイバー攻撃、想像以上にエグいよ! 校舎のメインサーバーが完全に外部からジャックされて、エアギャップ(外部回線の物理遮断)をかけられた! 僕のハッキングでも、地上からはセキュリティを解除できない!』

「エアギャップ……!? じゃあ、ネットワーク経由での解錠は不可能なのか!?」

神臣先輩が歯噛みする。

『うん! しかも、防犯用緊急ガス(催眠無力化ガス)のろ過システムが暴走を始めてる! このままだと、あと十二分で校舎内に充満しちゃう! 生徒たちがガスを吸ったら、数時間は意識を失うし、最悪の場合呼吸不全になっちゃうよ!』

「くそっ……! なんて卑劣な真似を……!」

神臣先輩の美しい顔が、激しい憤りに歪む。

その時だった。
正面玄関の電子案内モニターの画面がバチバチッと激しくノイズを出し、真っ黒に染まった。
そして、そこに血のような赤い文字で、不気味な英文が浮かび上がったのだ。

『Hello, Lock Princess.
(やあ、鍵開け姫)

創立者の秘宝を手に入れた気分はどうだ?
この校舎は、我が「幻影の鍵(ファントム・キー)」がいただく。
生徒たちを助けたくば、自らの手で我が最高傑作のロックを破ってみせよ。
――制限時間は十分。開けられねば、愚かな羊どもは永遠の眠りにつく』

「ファントム・キー……!?」

私の背筋に、氷を突きつけられたような寒気が走った。
創立者のノートにあった『彼ら』。学園の地下に眠る秘宝を狙う、姿なき暗号解読者(クラッカー)組織の存在。

「くっ……僕を挑発しているつもりか……!」

神臣先輩がドックンとガラス扉を拳で殴りつけた。
いつも冷徹で完璧な先輩が、こんなにも激しく感情を露わにするのを初めて見た。全校生徒を守る立場にある生徒会長として、自分が閉じ込められた生徒たちを助けられないもどかしさに、血が出るほど唇を噛み締めている。

「神臣先輩……」

私はそっと先輩の腕に触れた。

「大丈夫です。任せてください」
「鈴宮……」

私は腰のツールポーチから、先ほど第二の扉を破ったばかりのチタン製ピックを抜き差しし、自分の胸に強く当てた。

「敵が私を指名して挑発してきたなら、望み通りにしてあげます。……それに、閉じ込められてるの、私の友達なんです。私に破れない鍵なんて、この世にありませんから!」

私がニッと力強く笑ってみせると、神臣先輩は一瞬目を見開き、それから深く息を吐き出した。
先ほどまでの焦燥がスッと消え、いつもの圧倒的な『氷の王子様』の表情が戻ってくる。

「……フッ。頼もしいバディだな。よし、中の生徒たちの誘導と動揺を抑えるのは僕がやる。お前は解錠に専念しろ」

神臣先輩はガラス扉に顔を近づけると、凛とした通る声で叫んだ。

「全校生徒、静聴せよ! 生徒会長の神臣 鏡だ!」

その一言で、扉の向こうでパニックを起こしていた中等部生たちがピタリと動きを止めた。

「会長……!? 神臣会長が助けに来てくれた……!」
「会長ぉぉっ!」

「安心しろ。現在、生徒会特殊捜査課が救出作業を行っている。あと数分でこの扉は開く。全員、パニックを起こさず口をハンカチで覆い、壁際にしゃがんで待機しろ! 僕が必ず、全員をここから出してみせる!」

完璧なカリスマ性と、絶対的な安心感を与える声。
さっきまで泣き叫んでいた生徒たちが「はいっ……!」と頷き、整然と避難姿勢を取り始めた。

『すごい……一瞬で現場を統率しちゃった……! これが神臣先輩の生徒会長としての力……!』

感動している暇はない。
私は正面玄関の電子カードキーと、大型メカニカル・シリンダーが一体化した『ハイブリッド・防犯連動錠』の前にひざまずいた。

「よし……ルシファーちゃん、今度は学校丸ごと、助けてあげるからね……!」

両 ears に特注イヤホンをつけ、集音センサーを鍵穴の周囲にペタリと貼り付ける。

残り時間、九分十五秒。

チタンピックを鍵穴に滑り込ませた瞬間――。

『っ……!? なに……これ……!?』

私は思わず息をのんだ。

キーホールの中で、ピンが……『動いている』!?

「どうした、鈴宮!?」

私の異変に気づいた神臣先輩が、即座に背後から覗き込んでくる。

「神臣先輩……敵のハッカー、イカれてます! これ、電子制御で内部のピンの位置がコンマ数秒ごとにランダムで変化する『動的可変(ダイナミック)ピッキング防止錠』です!」

『えええええっ!?』
インカムからカイ先輩の悲鳴が上がる。
『それって、ピッキングしようとしてピンを固定しても、次の瞬間には別の位置にピンがスライドしてズレちゃうやつじゃん!? 人間の指の反応速度じゃ、絶対に解除不可能な悪魔の鍵だよ!!』

「そんな……!? じゃあ、解錠の手順を組み立てても、すぐにリセットされるということか!?」

神臣先輩の顔に、再び緊張が走る。

コンマ数秒で変化する内部構造。
普通に考えれば、コンピュータの計算速度に対抗できる人間なんて存在しない。

残り時間、八分。

電子案内のモニターに、煽るような血文字が躍る。

『諦めろ、鍵開け姫。人間の直感など、プログラムの計算速度の前には無力だ』

「無力……?」

私は目を閉じ、深く、長く呼吸をした。

指先を流れる血液の拍動。
イヤホンから聞こえる、コンマ数秒ごとに『カチ、カチ、カチ』と規則的に切り替わる電子モーターと微小歯車の駆動音。

確かに、人間の脳の計算速度じゃプログラムには勝てない。
だけど――。

『音には……周期(リズム)がある!!』

プログラムがランダムでピンを変化させているように見えても、それを動かしているのは物理的な『モーターと歯車』だ。
歯車が回転し、スプリングが収縮し、ピンが切り替わる一瞬の『無重力状態(チェンジ・タイム)』。
その時間は――わずか五〇ミリ秒!

「神臣先輩……私、見えました」

私が目を開くと、神臣先輩が不敵に口元を歪めた。

「見えたか」
「はい。敵のプログラムがどんなに賢くても、物理法則からは逃げられません! 歯車が切り替わる五〇ミリ秒の隙間に……六本のピンを「同時に」叩き込めば、ロックは死にます!」

『六本同時に!? そんなの指が六本なきゃ無理だよ鈴宮ちゃん!』

「指は十本あります! そして私には……カイ先輩が作ってくれた、この『特注テンションアーム』がある!」

私は両手に三本ずつ、計六本のチタンピックとウェーブバーを器用に挟み込んだ。
まるでバイオリニストが弓を構えるように、あるいはピアニストが鍵盤の上に指を躍らせるように。

残り時間、六分三〇秒。

イヤホンの中で、規則的なモータートラップの駆動音が重なっていく。

カチ、カチ、カチ、カチ……。

『来る……! 次の切り替え周期……三、二、一……』

――今だッ!!

私の十本の指が、まるで生き物のように跳ねた。

六本のチタンピックが、一ミリの狂いもなく鍵穴の奥へと滑り込み、切り替えの一瞬の隙(五〇ミリ秒)に、すべてのピンを同時に極限まで押し上げた!

――ジャシキィィィンッ!!

電子モーターの駆動音が悲鳴を上げて停止し、正面玄関の重厚な自動ドアが、プシューッと圧力を放って左右に開いた!!

「開いたぁぁぁぁぁぁっ!!」

昇降口に待機していた生徒たちから、割れんばかりの歓声が巻き起こった。

「会長! ドアが開きました!」
「助かったぁぁぁっ!」

「全員、静かに速やかに外へ出ろ! 避難誘導に従うんだ!」

神臣先輩がテキパキと指示を出し、生徒たちを安全な校庭へと脱出させていく。

モニターに表示されていた血文字が『WHAT...!?(なんだと…!?)』と驚愕の文字に書き換わり、バツンと音を立てて画面が吹き飛んだ。

「ふぅ……! 見たかファントム・キー! 鍵オタクの指先を舐めるなー!」

ドヤ顔で八重歯を見せる私。
生徒たちの脱出を見届けた神臣先輩が、私の元へ駆け寄ってきた。

「見事だ、鈴宮! まさか本当に五〇ミリ秒の隙間を突くとは……お前は本当に化け物だな」
「化け物はひどいです! 天才と言ってください!」

「フッ……ああ、最高の天才バディだ」

神臣先輩が優しく微笑み、私の頭を乱暴になで回した。
また子供扱いされたけれど……先輩の誇らしげな笑顔を見たら、文句なんて言えなくなってしまった。

だけど、安心したのも束の間。
校舎の深層部から、ウーッ……ウーッ……と不気味な緊急アラームが響き渡った。

『ふたりとも、まだ油断しちゃダメだ!』
インカムのカイ先輩の声が引き締まる。
『正面玄関は開いたけど、中央制御室のガス噴出装置のカウントダウンは止まってない! あと四分で、校舎全体に毒ガスが噴射されちゃうよ!』

「なに……!? まだ止まっていないのか!?」

神臣先輩がキッと校舎の奥を見据えた。
薄暗い廊下の突き当たり、中央制御室へと続く重厚な防犯扉が、不気味に立ちはだかっている。

「行くぞ、鈴宮! 最後の敵を叩き潰す!」
「はいっ! 中央制御室の鍵も、ぜんぶ私が破ってみせます!」

私と神臣先輩は顔を見合わせると、固く頷き合い、毒ガスの恐怖が迫る暗い校舎の奥へと飛び込んで行った。
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