秘密の放課後♡ナゾトキ・ライバルとお菓子の暗号
【 00 : 35 】
【 00 : 34 】

赤いタイマーの数字が、命のカウントダウンみたいに明滅している。
ウィーンという無機質なシュレッダーの回転音が耳奥を打つ。

「落ち着け……俺……!」

桐谷の額から、ポタリと一筋の汗が流れ落ちた。
いつもは完璧な桐谷の指先が、ほんの少しだけ震えている。

「桐谷、大丈夫! 私たちが弾き出した答えなんだから、絶対合ってる!」

私は桐谷の震える手に、上から自分の両手をそっと重ねた。

「ふたりで合わせよう! 9・7・0・6よ!」
「……ああ!」

桐谷が力強くうなずく。
ふたりの指先を重ねたまま、ダイヤルを順番に回していく。

「9……!」
「7……!」
「0……!」
「6……!!」

ガチャコンッ!!

重厚な金属音が響き、金庫の重いレバーが下に落ちた。
同時に、ウィーンと唸っていたシュレッダーのモーターがピタリと停止する。

【 00 : 05 】

タイマーが残り5秒を指したところで、部屋に静寂が戻ってきた。

「ふぅぁぁぁぁ……! 助かったぁぁぁ……!」

私はその場にへたり込み、床にへなへなと座り込んだ。心臓がバクバクと壊れた時計みたいに波打っている。

「間一髪だったな……」

桐谷も背中の壁に体重を預け、長い息を吐き出しながらフッと笑った。
そして、そのまま床に座り込む私の隣にストンと腰を下ろす。

「すごかったぞ、冴島。信長が金平糖を食べた年号まで暗記してるなんて、完全に雑学の鬼だな」
「へへん! 伊達に普段からお菓子の本ばかり読んでないわよ! 見たか桐谷翔、これが私の真の実力よ!」

私は勝ち誇って鼻を鳴らした。
すると桐谷は、温かい眼差しで私を見つめ、そっと手を伸ばしてきた。

今度は乱暴に頭を撫でるんじゃなく、優しく私の頬に触れる。

「……ありがとうな、詩織。お前が諦めずに答えを出してくれたおかげだ」

「っ……!」

また、名前で呼ばれた。
しかも、今までで一番甘くて優しい声で。

至近距離で見つめ返されると、心臓の鼓動がまた別の意味で跳ね上がる。
朝日が厚いカーテンの隙間からわずかに差し込み、桐谷の横顔を綺麗に照らしていた。

(もう……こんな時に、そんなロマンチックな顔しないでよ……! 密室から脱出したばかりなのに、また別の意味でキャパオーバーになっちゃうじゃん……!)

「な、なに言ってるのよバカ! 早く金庫の中身を確認しなさいよ!」

私は顔が爆発しそうになるのを隠すため、大声を出して金庫の中に手を突っ込んだ。

金庫の底には、探していた『秘伝のゴールド・レシピブック』の後半部分――破り取られていたページが、綺麗な状態で残されていた。

「あった! 『黄金のハニーキャンディ・タルト』の仕上げのページよ!」

私は破られたページと、昨日手に入れた前半のページを並べて合わせた。
ぴたりと破れ目が一致する。

「これで、本来のレシピが完璧に揃ったわね!」
「ああ。……だが、これで終わりじゃないぞ」

桐谷が金庫の奥から、もう一枚の小さなカードを取り出した。
そこに書かれていたのは、犯人の動機と、最後の仕掛けに関する衝撃の真実だった。

『素晴らしい。君たちの知恵とチームワークに敬意を表しよう。
だが、本当のタイムリミットは、今日の昼休みだ。
すでに調理実習室には、私が仕掛けた“すり替えられた偽レシピ”が置かれている。
フェス実行委員たちがそれに気づかず仕込みを始めれば、創立記念フェスはパニックに包まれるだろう。
仮面を脱いだ私と対決したくば、昼休み、屋上へ来られたし』

「昼休みの屋上……! ついに犯人が姿を現すってこと!?」

私が目を見開くと、桐谷は鋭い瞳でカードを睨みつけた。

「調理実習室に偽レシピが置かれているなら、今すぐ山田先生に連絡して仕込みを止めないとまずい。……だが、それだけじゃ犯人を捕まえることはできないな」

「うん。犯人は、自分のお菓子雑学や仕掛けで私たちを試そうとしている……。屋上で決着をつけなきゃ、また別の場所で同じことを繰り返すかもしれない!」

私はレシピブックをぎゅっと胸に抱きしめた。

「行こう、桐谷! 昼休みの屋上へ!」
「ああ。お前のその『お菓子愛』で、犯人の鼻を明かしてやろうぜ」

桐谷が立ち上がり、私に向かってすっと手を差し伸べた。
私はその手をしっかりと握り返し、二人で朝の光が差し込む図書室を飛び出した。

そして――昼休み。

キーンコーンカーンコーン……。

昼のチャイムが校舎全体に響き渡ると同時に、私と桐谷はフェンスで囲まれた校舎の屋上へと続く階段を駆け上がった。

重い鉄製の扉を押し開けると、眩しい太陽の光と、心地よい秋の風が私たちの頬を撫でた。

屋上の中央、風に青い制服の裾をたなびかせて立っていたのは――。

「……やっぱり、あなただったんですね」

桐谷が冷静な声で、その人物の名を呼んだ。

振り返ったのは、なんと生徒会副会長であり、お菓子作りサークルの部長でもある2年生の「神楽坂(かぐらざか)先輩」だった!

「フフ……よくここまで辿り着いたね、冴島さん、桐谷くん」

神楽坂先輩は、上品な笑みを浮かべながら、手にした小さな銀色の小箱を弄んでいた。

「まさか、バタフライピーの呈色反応や、テンパリングの結晶構造、果ては歴史の年号暗号まで解き明かすとは思わなかったよ。特に冴島さん……君の知識は本物だね」

「神楽坂先輩! どうしてこんなことをしたんですか!? 伝統のレシピを破いて、フェスを邪魔しようとするなんて……!」

私が問い詰めると、神楽坂先輩の笑顔が、少しだけ切なげに歪んだ。

「邪魔をしたかったんじゃない。……確かめたかったんだ。我が校の伝統スイーツ『黄金のハニーキャンディ・タルト』の本当の価値を」

神楽坂先輩は空を見上げながら、ポツリポツリと語り始めた。

「このレシピはね、50年前にこの学校を作った初代校長先生が、生徒たちの笑顔が見たくて考案したものなんだ。でも、年々フェスが大規模になるにつれて、みんな『売上』や『映える見た目』ばかりを気にするようになった。本来の『お菓子作りが持つ楽しさや、科学の奥深さ』を忘れてしまったんだよ」

先輩は胸に手を当て、真剣な瞳で私たちを見つめた。

「だから僕は、このレシピに相応しい『本当にお菓子を愛し、その知識を正しく使える者』が現れるのを待っていた。……君たちなら、このレシピの本当の“秘密の隠し味”に気づけるはずだ」

「秘密の隠し味……?」

私が首を傾げると、神楽坂先輩は銀色の小箱を私たちに向かって差し出した。

「これが最後の謎だ。この小箱の中には、タルトを世界一美味しく変化させる『最後のスパイス』が入っている。だが、鍵はかかっていないのに、ある特別な雑学を知らないとフタが開かない仕掛けになっているんだ」

風が吹き抜け、神楽坂先輩の髪が揺れる。

「さあ、冴島さん。君の『お菓子雑学』で、この最後の謎を解いてごらん。もし解けたら、僕は大人しく先生方に謝罪し、レシピを元通りに戻そう」

「望むところよ……!」

私は桐谷と顔を見合わせ、大きくうなずいた。
< 6 / 15 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop