楽園で紅茶とチョコレートを
 4

 ダレンが「邸の使用人」として働きだして数日後のこと。
「……足音が聞こえるな」
 その足音はどこか「不気味な響き」をしていた。
「何だか実体がないような。奇妙な音だが「足音」で間違いないな」
 邸の一階の廊下。その「足音」はダレンの聞き間違いではなく、確かに聞こえる。今、ロザリーは二階の部屋で、ジェームズとは「別の場所」で会話をしたばかり。廊下のその方向には誰も居ないはずだった。
「少しずつこっちに向かって近づいて来ている」
 一階も、二階も、廊下の全長は長い。赤と黒の絨毯が敷かれている廊下には、いくつかの「角」が存在している。慣れれば迷うことはないが、数多くの部屋を有している大きなこの邸の廊下は、廊下のどこに居ても「見えない位置」が出来る。まるで「迷宮」の一部を邸に再現したかのようだ。
「まあ、こんなこともあるだろう」
 ダレンも特に驚きもしなかった。
「何者かの足音くらい、聞こえてももう驚きやしないさ。このくらいのことは想定内だ。それと怖がらないことが幽霊に対して一番必要なことだと、小さい頃に絵本で教わったよ。正体が分からないことが余計な恐怖を生むことがある」
 ダレンは幽霊をそれほど怖がっていなかった。
「今のうちに「誰の足音」なのか確かめておくか。幽霊如きに負けるようではこの先やっていけないんだろう。どうせこの世への未練でさまよっているような「軟弱な幽霊」だろう。負けるわけないさ。多分ね」
 手に持っていた箒の柄を握り直した。
「よし。箒で一発、殴っておくか」
 そう思うと少し楽しい気分になった。
「幽霊に先制パンチだ。舐められたら終わりだ」
「足音の正体」を確かめて一発強烈な一撃を食らわしてやろう。そう思ったダレンが廊下の足音の方向へ向かおうとした時だった。

『――お止めなさい。ダレン・ベイクウェル』
 現れたジェームズがダレンを止めた。
「「あれ」はあなたの敵う相手ではありません」
 ジェームズの「NO」は大声ではなかったが、ジェームズのその表情からも「あの足音に注意せよ」というニュアンスがひしひしとダレンに伝わった。それらが「足音が危険なものである」とダレンに理解させた。
「その部屋の中へ。私も中へ入ります」
「あ、えっと。どの部屋ですか?」
「どこの部屋でも構いません。さあ、早く」
 ジェームズの日頃の落ち着いたイメージから想像も出来ない「緊急さ」を感じたダレンは、ジェームズに従い、近くの部屋の扉を開けて急いで中に入る。その後でジェームズも部屋の中に入った。部屋の中はカーテンも閉まっていて暗い。
 ジョームズは扉を閉めて内側から鍵まで閉めた。
「息を潜めなさい。あれが遠ざかっていくまでは」
 廊下を歩く「足音」が部屋に近づいてくる。二人が空き室の中で息を潜めていると「足音」は先程ダレンが立っていた位置を通り抜けて、次第に遠くなっていって、ふっ、と気配が消えた。その感覚はダレンにも分かった。

「どうやら消えたようですね」
 ダレンとジェームズは部屋を出ると廊下は静かだ。
「あの足音。一体何者なんだ?」
「そのうちに分かります」
「もしかしてジェームズでも勝てなかったりするのか?」
 ジェームズは廊下の奥を見ながらダレンに「ええ」と答えた。
「おそらくは「やつ」の方が強いでしょうね。あなたに「あれ」の説明を忘れていました。いいですか、あの足音が聞こえたのなら逃げなさい。決して足音に追いつかれないように。それとやつが歩くのは廊下と階段くらいです」
 ダレンは「やつ」と言った後で。
「何と呼べばいいのかくらいは教えてもらわないとさ」
 ダレンは「業務に支障が出るかも」と言った。

「「ウォーカー」とでも呼んでください。あれが歩くのは主に、廊下と階段。それとあなたに案内はしていないですが「地下室と、地下室へ続く階段」その先に存在する「開かずの部屋」のみです。もしも、逃げ切れないと分かった時は、先程のように、どこかの部屋へ入り扉を閉め息を殺して潜みなさい。足音が去っていくまで」

 ジェームズがダレンに「警告」した。
「そうしないとあなたがウォーカーに殺されることになります」
「殺される」という言葉にダレンも恐怖した。
「あ、ああ。分かったよ。まだ死にたくないからそうする」
 そう答えた後で一つ気になることを聞いた。
「会話に出てきた「地下室への階段」はどこにあるんだ?」
 ジェームズはダレンに釘を刺すように「ダレン・ベイクウェル」と言う。
「邸に居るうちに「地下室の入口はここだろう」とあなたも気付くと思われます。ですが決して入らないように。地下室に有益な物は何もない。あなたが興味本位で地下室の前まで行ったとして、その時にウォーカーが現れたら、どこにも逃げ場がない。あなたは「殺される」だから地下室へ行こうなんて、基本的に考えないことです」
「分かった。地下室へは行かないさ」
「よろしい。では仕事に戻るように」
 ジェームズはそう言って邸の奥の闇へと消えていく。
「仕事と言ってもさ。今日も特にやることがないのか清掃業務だよ」

 ダレンが箒を持って清掃に戻ろうとした時、別の足音が聞こえた。
 パタパタと軽い音で階段を降りてくる足音。
「ダレン。ウォーカーが出たのね?」
 ロザリーが階段を降りてきてダレンに話しかける。
「ああ。でも何も被害はなかったよ」
「よかった。でもやつに気をつけて」
「ロザリーはやつについて何か知っているのか?」
「私の知っていることを教えるわ」
 ロザリーはダレンに「ウォーカー」の説明をした。
 そのほとんどは、今さっきジェームズに説明されたことと同じだった。だけどダレンは黙ってロザリーの話と注意事項を聞いていた。同じ話を何度も聞いておいた方が、より深く確実に覚えられるだろうと思ったからだ。一通りの説明を聞き終えたダレンは「ありがとう。ロザリー」とお礼を言った。
「これは、私も「教えてもらったこと」なのよ」
 ロザリーの言葉にダレンが聞く。
「ジェームズに教えてもらった?」
「いいえ。ダレン。あなたに教えてもらったの」
「俺に教えてもらっただって?」
「ジェームズへは私が教えたの。今はそれしか言えそうにないわ。きっとすぐに私の言葉の意味も分かるはず」
< 4 / 18 >

この作品をシェア

pagetop