楽園で紅茶とチョコレートを
 6

 大広間。少し頼りないが明かりは灯っていた。
「夜だ。幸い電気が灯っていることが救いだな」
 大広間、古い大時計の針は夜の10時になろうかという時刻を示していた。あたりを見回しても先程まで話していたロザリーの姿は見えない。
「困ったな、ロザリーの部屋にこんな時間に行っても迷惑かもしれない。どうにかして現状を知りたいんだけど」
 ダレンが一人でそんなことを呟いていると。
「ダレン。どうかなされましたか?」
 ジェームズが現れてダレンへと声をかけた。
「あ、えっと。どこから説明していいのやら」
「随分と動揺されていますが、何か?」
「あの。今って何年ですか?」
 その質問を言ってから「何を言ってんだろう。俺」とダレンは苦い表情を浮かべる。今さっき自分が体験した不思議な出来事を、一体どこからジェームズに説明すればいいのかを考える。だが、ジェームズはダレンの「その言葉」だけで十分だった。彼は腰に手を当てて話す。
「過去へ行ったのですね。その言葉で分かります」
 当てられてダレンは少し驚いた。
「そうです。過去の邸でロザリーと出会いました」
「驚くことはありません」
 今のダレンはジェームズの落ち着きが頼もしく思える。
「邸の中で不可思議なことが多く起こります。あなたが経験した「時間旅行」もその一つですよ。もっとも、誰もが過去へ行くとは限らないみたいですね。私は、未だに「過去の邸」へ行ったことはありませんよ。ただ、邸の中に存在する魔力は感じ取れます。あなたの姿が見えなくなった時、アンモナイトから魔力を感じたため、そう考えていました。戻ってきた時に暗闇では人間は困るだろうと電気を灯しました」
 ダレンは一連の体験を思い返して「何と言うか、奇妙だ」と言った。
「俺がまずロザリーにウォーカーのことを教えた。それをロザリーがジェームズに伝えて、ジェームズが俺に伝えた。奇妙でパラドックスみたいだ」
「運命。と言っていいと思われます」
 ジェームズはダレンにさらりとそう言った。
「見えないものを「見えないから、ない」と言い切ることの方が愚かですよ」

 大広間の大時計の針が夜の10時を示した。夜の静寂の中、ダレンとジェームズの二人も「夜の住人」になったかのように静かに落ち着いて話す。
「どうしてこの邸で不思議なことが起きる?」
 ダレンはジェームズに聞く。
「ジェームズは何か知っているんじゃないか?」
 ダレンの問いにジェームズは答える。
「この邸はかつて亡霊が居ると噂されていた森を開発した後に建てられた邸なんです。この邸、この森は「呪われた森」と呼ばれていました。実際に亡霊が好むような条件が揃っていたため、森には良くない存在が多数居ますね」
 言葉を聞いてダレンは思わず苦笑い。
「また随分と物騒な場所に邸を建てたものだ」
「ええ、全くその通りです。この森そのものが魔力を持っていて、森の中に一度入り込んだ魔物や悪魔が出ていくことが出来ないんです。同時に、その魔力が今も残っていて「この邸」もその影響を強く受けています」
「俺、よくこの邸で無事に生き延びているものだな」
「ウォーカーにさえ気をつけていれば、この邸の中に居るほうが安全ですよ。悪霊もウォーカーを恐れて逃げていきます。それと私が邸を守っていますので」
「なるべく出歩かないようにするよ。特に夜間には」
「他に私に聞いておきたいことはありますか?」
「もう一つ聞いていいか?」
「どうぞ。答えられる事柄については話します」
「どうして俺は過去に行ったのだろう?」
「アンモナイトの仕業ですよ」
 ダレンは「アンモナイトね」と玄関の方向を見た。
 ここからでも、電球の光の灯っている玄関の様子くらいは見える。アンモナイトの鉱石化した化石「アンモライト」は静かにそこに佇んでいる。魔力が宿っていると知った今、この美しい化石はダレンの目により幻想的に映る。
「あなたとお嬢様の関係は、まるであのアンモナイトのようだ」
 ジェームズが左右で巻き方が違う2つのアンモナイトを示す。
「一つは、時計回りに、もう一つは「逆時計回り」に回っている。それぞれ未来と過去を示すかのように。ですが「もともとは一つの運命の中に組み込まれている」私はそのように考えています。ダレン・ベイクウェル」
「俺にはまだ、何がなんやらだけどな」

 ダレンとジェームズは玄関まで歩く。
 そこに置かれているアンモナイトを近くで見る。
 アンモナイト。太古の昔に海に居たとされる貝の仲間。ダレンも中学校や高校の授業でその姿と呼び名くらいは知っていた。
「こんなもの、どこから手に入れたんだろうな」
「アンモナイトはこのあたりでたくさん穫れるみたいなんですよ」
「そうなのか? 海の生物なのに?」
「大昔にはここは海だったようでアンモナイトの化石が森の地中に埋まっています。もっとも、そのほとんどは化石としてグレードが低くて、価値がない。そのアンモナイトは、特別綺麗だったからこの邸に飾られたのでしょう」
「こんなに綺麗なのに価値がないのか?」
「大きくて鉱石化しているものはそれだけですよ。他の森の地面に埋まっている数多の化石にはほとんど価値がありません。あなたも知っているかもしれませんが、邸に消耗品や日用品を手配してくれている男が居ます。その彼と取引きの際、地面から得たアンモナイトの化石を見せたのですが「これは価値がない」と相手にしてくれませんでしたね。私は人の表情から心を読めるのですが、本当のようです」
「海の印象がないこの森で採取出来ることを不思議に感じるよ」
 ダレンも「売ってしまうには惜しい代物だ」と言った。
「あなたが今見ているそのアンモナイトは素晴らしい価値があるでしょう。ですが、それを売ってしまうほど邸はお金に困っていませんよ」

 電球の光の下。その貝の渦巻きの中の鉱石の神秘的な輝きを見る。
 それは緑色も、青色も、赤色も、あらゆる色が溶け合って、見る角度によって美しさが変わり、ダレンは「いつまでも見ていられそうだ」と素直な感想を持つ。
「そのアンモナイト、アンモライト、呼び名はどちらでもいいですが。それが長い年月をかけて森の中で「魔力を持った」その魔力があなたを過去へ連れて行ったのでしょう。そしてお二人は「過去で出会った」ということです」
「「ある程度」は分かったよ」
 一通り説明し終えたジェームズがダレンに「今の説明は信じられますか?」と聞いた。ダレンは「今となっては信じる」と答えた。
「自分がその身で体験したことを否定してしまうことは出来ないよ」
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