楽園で紅茶とチョコレートを
8
「思っていたよりは悪くない暮らしなんだよな」
一週間以上が経っていた。
ダレンはこの邸の中での暮らしに不満はない。
自身の食べ物や飲み物は、ジェームズが調達してくれる。その他に、消耗品や日用品などの生活に必要なものも、あの男から購入して邸の中にほとんどある。この邸にテレビもパソコンもないが、時に「この邸の中で暮らしている方が満たされているのでは」とさえ思う瞬間がダレンにある。
それは「ロザリーが自分を愛していると分かる瞬間」だった。
ダレンはロザリーと居る時間が、自分が心の奥底で本当に欲しいと思っていたものを与えてくれることを知った。誰かに必要とされること、自分が世界に居てほしいと、心から思ってくれる存在が居ることを。
「ロザリーが俺を好きなことは、恋愛に鈍い俺にだって分かる。ロザリーの大切な人が俺なら、俺が町へ戻ることで彼女が悲しむ」
ダレンがロザリーと過去で会ったのは、まだ一回だけ。ただ「これから何度も過去へ行くかもしれない」と、ダレンも感じ取っている「あの一回でロザリーが自分を好きになっているはずがない」と「まだ何かあったはずだ」と考える。
「ロザリーにとっては「過去」だけど、俺にとっては「これから体験すること」未来だ。奇妙な話だ。ロザリーとこれからも一緒に居たいと思うよ。ただ、俺が町から居なくなったことで、家族は俺を探すかもしれない。高校の中にも、自分の安否を心配してくれる友達は居るかもしれない。せめて自分は無事であることを知らせないとな」
ダレンは手紙を書くことにした。
「手紙が届いたことで、逆に心配されてしまうかもしれないが「自分は生きていること」だけは伝えておこうか」
ダレンは自室で「家族に向けた手紙」を書く。
部屋にあった万年筆と古い黒インキ。
「事の詳細」は書けなかったが「自分は生きているので心配しないでください」という文面で書いておいた。切手は、幸い部屋の机の引き出しに古いものが残されていたため、それを使うことにした。
「赤いポストが窓から見える。でも、邸を出るなら、ジェームズの許可を得ないと逃亡と思われて捕まってしまうな。まず外出の許可をもらっておこう」
ダレンは廊下に出てジェームズを探した。
彼は大広間のソファーに座って煙草を吸っていた。
「ジェームズ。少し許可をもらいたいんだ」
「許可とは「何の許可」でしょうか?」
ダレンは「必ず戻ってくるから、少し森の中を歩いてもいいだろうか?」と聞く。ジェームズはダレンの目をじっと数秒覗き込んだ後「ご自由に。ですが暗くなるとあらゆる意味で危険なので明るい今に歩いてください」と言った。
「ああ。なるべくすぐに戻ってくるよ」
ダレンは久しぶりに邸の外へ出た。
「うーん。でも、今日も曇りなんだよな」
そんなことを言いながら外の空気を吸い込んだ。一週間も外に出ていなかったため、邸の外観を改めて見たり、庭の木香薔薇を眺めていたが、目的を果たすことにした。
「早く手紙を出してこよう」
ダレンは森の中を数分歩いて、邸の窓から見えていた「赤いポスト」へ手紙を投函した。不意に「誰が集荷に来るのだろうか?」という疑問を抱いたが、他に森から外部へ連絡を取る方法はなさそうだった。
「この森は、携帯電話が圏外だからな」
その上に、携帯電話は充電も切れてしまって使い道もない。
* * * * *
ダレンが「戻りました」と言って邸に戻る。
すると、玄関に駆けてきたロザリーが「ダレン!」と、ダレンに抱きつく。その細い指が不安そうにきゅっとダレンの服を掴む。
「ロザリー?」
「二階の窓からダレンが邸を出ていく後ろ姿を見たの。ダレンが邸を出ていったのかもしれないって不安になった。ダレンが邸から去ってしまったのかも、そう思ったら寂しくて悲しかった」
今、ダレンに抱きついている可憐な女の子。
〈きっと彼女の中の特別な人が俺なんだろう。俺は、自分はこの世でさして必要とされていない人間だと思っていた。でも、ここに一人、俺が世界に居てほしいと思ってくれる人が居る。俺はそれを知ったことで、初めて自分の存在がこの世界で赦されたような気がする。そして、同時に彼女を愛おしく感じ始めている〉
ダレンは優しく微笑み答える。
「大丈夫。どこへも行かないよ。ロザリー」
そう答えながらダレンは思う。
〈ロザリーを残して家に戻れないよな。それに、この邸に居れば、彼女が俺のことを何故好いているのかが分かるだろう。誰よりも、俺がそれを知らなきゃいけないような気がする。今、この邸から離れるわけにはいかないよな〉
* * * * *
同じ時。ジェームズは邸の外に居た。
ジェームズは森の赤いポストの前に立って、その手に持っていた「ダレンの手紙」を破り、魔法の炎で燃やして処分する。
「これでいい。これがベストだ」
ジェームズがその指をスナップすると「ダレンがポストと思っていたもの」が元の姿に「ただの枯れ木」に変わった。それで邸に戻ろうとしたジェームズは「いや」と立ち止まり「まだしばらくポストのふりをしていてもらいましょう」と、その指を再びスナップする。すると、枯れ木は再び赤いポストに変わる。
「ポストがなくなっていたら怪しまれるでしょうからね」
「思っていたよりは悪くない暮らしなんだよな」
一週間以上が経っていた。
ダレンはこの邸の中での暮らしに不満はない。
自身の食べ物や飲み物は、ジェームズが調達してくれる。その他に、消耗品や日用品などの生活に必要なものも、あの男から購入して邸の中にほとんどある。この邸にテレビもパソコンもないが、時に「この邸の中で暮らしている方が満たされているのでは」とさえ思う瞬間がダレンにある。
それは「ロザリーが自分を愛していると分かる瞬間」だった。
ダレンはロザリーと居る時間が、自分が心の奥底で本当に欲しいと思っていたものを与えてくれることを知った。誰かに必要とされること、自分が世界に居てほしいと、心から思ってくれる存在が居ることを。
「ロザリーが俺を好きなことは、恋愛に鈍い俺にだって分かる。ロザリーの大切な人が俺なら、俺が町へ戻ることで彼女が悲しむ」
ダレンがロザリーと過去で会ったのは、まだ一回だけ。ただ「これから何度も過去へ行くかもしれない」と、ダレンも感じ取っている「あの一回でロザリーが自分を好きになっているはずがない」と「まだ何かあったはずだ」と考える。
「ロザリーにとっては「過去」だけど、俺にとっては「これから体験すること」未来だ。奇妙な話だ。ロザリーとこれからも一緒に居たいと思うよ。ただ、俺が町から居なくなったことで、家族は俺を探すかもしれない。高校の中にも、自分の安否を心配してくれる友達は居るかもしれない。せめて自分は無事であることを知らせないとな」
ダレンは手紙を書くことにした。
「手紙が届いたことで、逆に心配されてしまうかもしれないが「自分は生きていること」だけは伝えておこうか」
ダレンは自室で「家族に向けた手紙」を書く。
部屋にあった万年筆と古い黒インキ。
「事の詳細」は書けなかったが「自分は生きているので心配しないでください」という文面で書いておいた。切手は、幸い部屋の机の引き出しに古いものが残されていたため、それを使うことにした。
「赤いポストが窓から見える。でも、邸を出るなら、ジェームズの許可を得ないと逃亡と思われて捕まってしまうな。まず外出の許可をもらっておこう」
ダレンは廊下に出てジェームズを探した。
彼は大広間のソファーに座って煙草を吸っていた。
「ジェームズ。少し許可をもらいたいんだ」
「許可とは「何の許可」でしょうか?」
ダレンは「必ず戻ってくるから、少し森の中を歩いてもいいだろうか?」と聞く。ジェームズはダレンの目をじっと数秒覗き込んだ後「ご自由に。ですが暗くなるとあらゆる意味で危険なので明るい今に歩いてください」と言った。
「ああ。なるべくすぐに戻ってくるよ」
ダレンは久しぶりに邸の外へ出た。
「うーん。でも、今日も曇りなんだよな」
そんなことを言いながら外の空気を吸い込んだ。一週間も外に出ていなかったため、邸の外観を改めて見たり、庭の木香薔薇を眺めていたが、目的を果たすことにした。
「早く手紙を出してこよう」
ダレンは森の中を数分歩いて、邸の窓から見えていた「赤いポスト」へ手紙を投函した。不意に「誰が集荷に来るのだろうか?」という疑問を抱いたが、他に森から外部へ連絡を取る方法はなさそうだった。
「この森は、携帯電話が圏外だからな」
その上に、携帯電話は充電も切れてしまって使い道もない。
* * * * *
ダレンが「戻りました」と言って邸に戻る。
すると、玄関に駆けてきたロザリーが「ダレン!」と、ダレンに抱きつく。その細い指が不安そうにきゅっとダレンの服を掴む。
「ロザリー?」
「二階の窓からダレンが邸を出ていく後ろ姿を見たの。ダレンが邸を出ていったのかもしれないって不安になった。ダレンが邸から去ってしまったのかも、そう思ったら寂しくて悲しかった」
今、ダレンに抱きついている可憐な女の子。
〈きっと彼女の中の特別な人が俺なんだろう。俺は、自分はこの世でさして必要とされていない人間だと思っていた。でも、ここに一人、俺が世界に居てほしいと思ってくれる人が居る。俺はそれを知ったことで、初めて自分の存在がこの世界で赦されたような気がする。そして、同時に彼女を愛おしく感じ始めている〉
ダレンは優しく微笑み答える。
「大丈夫。どこへも行かないよ。ロザリー」
そう答えながらダレンは思う。
〈ロザリーを残して家に戻れないよな。それに、この邸に居れば、彼女が俺のことを何故好いているのかが分かるだろう。誰よりも、俺がそれを知らなきゃいけないような気がする。今、この邸から離れるわけにはいかないよな〉
* * * * *
同じ時。ジェームズは邸の外に居た。
ジェームズは森の赤いポストの前に立って、その手に持っていた「ダレンの手紙」を破り、魔法の炎で燃やして処分する。
「これでいい。これがベストだ」
ジェームズがその指をスナップすると「ダレンがポストと思っていたもの」が元の姿に「ただの枯れ木」に変わった。それで邸に戻ろうとしたジェームズは「いや」と立ち止まり「まだしばらくポストのふりをしていてもらいましょう」と、その指を再びスナップする。すると、枯れ木は再び赤いポストに変わる。
「ポストがなくなっていたら怪しまれるでしょうからね」