措定外につき、対処不能
「ねぇ、木崎。明日映画に付き合って」

 彼女がそう言ったのは、今日のことだった。

 テレビ局のエレベーターの前で、新人の男が降りてくると同時に歌音が乗り込んだ。そのまま男は俺の横を通り過ぎ、後から女優の咲山璃乃が降りてくると、こちらを見て、足を止めた。

 その瞬間、俺は思考が停止した。それでも、彼女を見て伝えた。

「承知しました。ご連絡お待ちしています」

 彼女の言葉を耳にしてから、「付き合って」という一言だけが、頭の中で何度も繰り返されていた。

 それは、現在もなお続いている。
 俺は並べた洋服の数々を目の前にし、正座をして、一つずつ丁寧に吟味した。

 季節は夏。明日の天候は晴れ時々曇り。最高気温は35度。湿度は……と考えながら、一枚のシャツを手にした。爽やかなコバルトブルーにワンポイントの刺繍が入っている。却下だ、色が濃い。それならとライトブルーを選び、次はパンツだ、と試行錯誤していた。





いや、待て。スーツのほうがいいか?普段通りに出来るし、誰かに見られても仕事だと言い切れる。いや、明日は日曜だから、逆に目立つ。考えろ、俺。

 そこで無難な白い綿のパンツを手にして脇に置き、靴下を一つずつ睨んだ。あの柄は先週履いてるから却下だ。その横の紺は色が暗いから却下。間を挟んでオフホワイトなら色もいいし、万が一見えた時の印象が良い。よし、決まりだ。あとは小物か……。

 一番厄介な選択で詰まり、ふと息を吐いた、その瞬間に暗雲が立ち込めた。

彼女はただ映画に同行してほしいだけ。それ以上の意味はない。全部揃える意味も……ない、とは言い切れない。何をするにも下準備は必須だ。俺は間違えていない。

 選択肢から外れた服をクローゼットに仕舞い、小物類を保管したチェストを開け、アクセサリーを選ぶことにした。時計は仕事用とプライベート用しかないから、後者に決まっている。問題は他に付けるか否かだ。

ㅤ彼女の好みは知っている。シンプルでも目につく物が多い。俺は派手な物は持っていないけど、「シンプル」の定義に悩み始めた。

 まず、ブランド物は除外だ。ロゴが目立ちすぎる。細い革ベルトは逆に目立たなくて、付ける意味がない。いや、そもそも付けないほうが印象が良いし、万が一支える時に引っ掛かると危ない。

 ここまでは準備万端だ。あとは……、香り問題。ここが一番の難関だ。
 世間一般で言えば、俺は「おじさん」の部類に入る。自分では加齢臭の自覚はないし、指摘されたこともない。これから風呂にも入るし、行く前にも入ることを決めている。

 でも、それだけでは心許ない。香水は論外だから、制汗スプレーにしよう。いや、制汗シートなら鞄に入れても違和感はない。よし、あとは寝るだけだ。

 そうして俺は漸くベッドに入って、静かに目を閉じた。
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