『勿応草は僕を忘れない』

第11話 冬の街、君と

雨の夜から数日が過ぎ、季節は本格的な冬へと向かっていた。
あの夜、僕の腕の中で泣きじゃくった花音は、翌日からまたいつもの凛とした顔でコートに戻っていった。
けれど、僕たちの間に漂う空気は、以前とは決定的に違っていた。
言葉数は少なくても、不意に目が合ったときの温度。
LINEの文章の端々から伝わってくる、互いを必要とする密やかな熱。
「ねえ、今週末……どこか行かない?」
金曜日の放課後、校門を出たところでスマホが震えた。
画面に浮かんだ花音からのメッセージに、僕は息を呑む。
『うん。僕も、花音に話したいことがあるんだ』
画面を伏せ、冬の冷たい空気を深く胸に吸い込んだ。
「幼なじみ」という都合のいい関係の陰に隠れるのは、もうやめだ。
傷つくことを恐れて画面の向こうに立ち尽くしていたあの日の僕は、もうどこにもいない。彼女の痛みに触れ、その熱に触れた今、僕の心の中にある感情はただひとつしかなかった。
土曜日の夕方。
街は少し早めのクリスマスイルミネーションに彩られ、行き交う人々が白い息を吐きながら歩いていた。
待ち合わせ場所の駅前広場。
人混みの中で、白いマフラーに顔をうずめて立っている花音を見つけた。
「花音」
声をかけると、彼女はクルリと振り返り、パッと表情を華やがせた。
「悠ちゃん!」
かけ寄ってくる彼女の吐く息が、白い煙となって夜の空気に溶けていく。
私風のコートのポケットに両手を突っ込んだ花音は、どこか少し緊張した様子で僕を見上げた。
「……なんか、街がキラキラしてるね」
「そうだね。もう冬だもんね」
僕たちは目的もなく、イルミネーションの光が続く街並みを並んで歩いた。
周囲の賑やかさが遠くに感じられるほど、僕たちの間には独特の密やかな静寂が流れていた。
かじかむ指先。
ポケットの中で握りしめた拳。
横を歩く彼女の肩が、歩幅が合わさるたびに僕の腕に掠める。
「ねえ、悠ちゃん」
歩道橋の上の広場に差し掛かったとき、花音が足を止めた。
眼下には、オレンジ色と白の光の粒がどこまでも続く車の列と、イルミネーションの街並みが広がっている。
「あのさ……雨の日のこと、覚えてる?」
花音は手すりに寄りかかり、遠くの街明かりを見つめながらぽつりと言った。
「うん。忘れるわけないよ」
「私ね、あのとき悠ちゃんが『味方でいる』って言ってくれたとき……胸が苦しくなるくらい嬉しかったの」
花音はゆっくりと僕の方へ顔を向けた。
街灯の光を反射して、彼女の瞳が揺れている。
「ずっと、昔の思い出に縋ってるだけなんじゃないかって、どこかで怖かった。離れてた時間も長かったし、今の私を見たらガッカリされるんじゃないかって……」
「そんなこと――」
「でも違った」
花音は僕の言葉を優しく遮り、まっすぐな瞳で僕を見つめた。
「悠ちゃんは、今の私をちゃんと見てくれた。だから私……前を向けたんだよ」
彼女の言葉ひとつひとつが、胸の奥深くに染み渡っていく。
お互いに傷つき、回り道をして、離れていた時間があったからこそ、今こうして目の前にいる相手の素顔を、かけがえのないものとして愛おしく思えるのだ。
「僕も……同じだよ」
僕は花音との距離を一段縮めた。
「過去の思い出のせいじゃない。今、目の前で悩みながらも一生懸命生きている花音のことが――」
風が二人を吹き抜け、イルミネーションの光が眩しく揺れた。
言葉が口から溢れ出そうになる。
けれど、ここで軽々しく口にしてしまいたくはなかった。もっと静かで、二人だけの時間が流れる場所で、本当の気持ちを伝えたい。
花音もまた、僕の瞳の奥にある覚悟を感じ取ったのか、少し頬を染めて、小さく頷いた。
「場所、変えよっか」
「……うん」
二人で歩き慣れた、あの公園へ。
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