『勿応草は僕を忘れない』
第12話 勿忘草は僕を忘れない
止まっていた時間が完全に動き出し、ひとつの確信へと辿り着くための場所へ向かって、僕たちは再び歩き出した。
街の賑やかさをあとにし、僕たちは静まり返ったあの公園へと向かった。
街灯がぽつぽつと照らす夜の公園は、昼間とは違ってしんと静まり返っている。ブランコが風でかすかにキーキーと揺れる音だけが聞こえていた。
ベンチに腰を下ろすと、冷え込んだ冬の空気が頬を刺す。
買い求めた缶コーヒーを渡すと、花音は両手で大切そうにそれを包み込んだ。湯気が白く立ち上り、ふたりの間で消えていく。
「……悠ちゃん」
マフラーに半分顔をうずめた花音が出した声は、いつもより少し低く、どこか震えていた。
「ん?」
「私ね、部活でまた壁にぶつかったり、落ち込んだりすることもあるんだけどさ……不思議なんだ。昔みたいに『もう全部やめたい』って思わなくなったの」
花音は僕の方を向き、照れくさそうに、でも誇らしげに微笑んだ。
「悠ちゃんがいてくれるから。離れていても、ちゃんと私のことを見ててくれるって分かるから、前を向けるんだと思う」
その言葉が、胸の一番奥にある柔らかい場所にまっすぐに届いた。
かつて自分の殻に閉じこもり、遠くから彼女を眺めることしかできなかった僕。
『久しぶり』の五文字すら送れずに、暗い部屋で画面を伏せたあの臆病だった夜。
でも、今の僕は違う。
彼女の痛みに寄り添い、その努力を誰よりも近くで受け止めたいと心から思っていた。
「花音」
僕はポケットから手を出して、かじかんだ彼女の手に、自分の手をそっと重ねた。
花音はハッとしたように目を見開いたけれど、逃げようとはせず、僕の手をぎゅっと握り返してくれた。指先から、彼女の確かな体温が伝わってくる。
「僕もだよ。君がいたから、僕は自分の足で歩き出すことができた。……昔の思い出のせいじゃない。今、目の前にいる花音が、僕にとって一番大切な人なんだ」
まっすぐに見つめ返すと、花音の瞳にうっすらと涙が浮かんだ。
けれど、それは悲しい涙ではなく、街灯の光を反射して輝く綺麗な光だった。
「……遅いよ、悠ちゃん」
花音は小さく鼻を鳴らして、愛おしそうに笑った。
「ずっと……待ってたんだから」
風がふたりの間を吹き抜け、公園の木々が静かにさわめく。
引き寄せられるように顔が近づき、僕はゆっくりと目を閉じた。
重なった唇から伝わってきたのは、どこか懐かしく、そして柔らかい熱だった。
あの日、送信できなかったメッセージも、すれ違っていた長い年月も、すべてはこの瞬間に辿りつくための道だったのだと思えた。
唇が離れると、花音は頬を赤く染めながら、照れくさそうに僕の肩に額を預けてきた。
その髪から、かすかに甘い香りが漂う。
「ねえ、悠ちゃん」
「ん?」
「これからも……ずっと隣にいてね」
「うん。ずっといるよ」
遠くで街灯が優しく灯り、僕たちの影をひとつに重ね合わせていた。
過去への執着でもなく、ただの思い出の再現でもない。
傷つきながらも自分の足で歩んできたふたりが、ようやく手をつないで踏み出す、新しい日常の始まりだった
僕たちの影がひとつに重なったまま、静かな夜の公園に風が吹き抜けていく。
ふと見上げた冬の夜空は、どこまでも澄み渡り、遠くの星々が静かに瞬いていた。
「……ねえ、悠ちゃん」
僕の肩に額を預けたまま、花音が小さく呟いた。
「ん?」
「私、ずっと怖かったんだ。時間が経って、お互いに大人になって、昔の思い出も、あの頃の素直な気持ちも、全部消えていっちゃうんじゃないかって」
握りしめた彼女の指先に、もう少しだけ力を込める。
「消えてなんかいないよ。遠回りはしたけど……全部、ここに残ってた」
花音はそっと顔を上げると、夜空を見つめるように目を細めた。その横顔には、もう過去の傷に怯える幼さはなく、自分の足で未来を見据える凛とした強さがあった。
「勿忘草ってね、花言葉は『私を忘れないで』だけど……」
花音は僕の目をまっすぐに見つめ返し、いたずらっぽく、けれど世界で一番愛おしい笑顔を浮かべた。
「今日の私には、もうそんな言葉は要らないみたい」
「どうして?」
「だって、どんなに離れても、どんなに時間が過ぎても」
彼女の温かい体温が、僕の胸の奥深くへと広がっていく。
「私たちが重ねてきた時間は、絶対に忘れはしないから」
あの日、画面の前で立ち尽くしていた僕はもういない。
すれ違いの季節を越え、泥臭く葛藤し、お互いの光となってたどり着いた今という現実。
青い小さな花が、厳しい冬の土の下で静かに春を待つように。
僕たちが紡いできた記憶と想いは、枯れることも褪せることもなく、ずっとこの胸の真ん中で咲き続けている。
たとえ世界がどれほど姿を変えようとも。
勿忘草は、僕を忘れない。
夜の静寂の中、僕たちはどちらからともなく手を繋ぎ直し、新しい季節の訪れに向かって、ゆっくりと歩き出した。
HappyEND
『勿忘草は僕を忘れない』
勿忘草の花言葉は真実の愛と私を忘れないでなので私はこのタイトルを勿忘草(真実の愛は)は僕を忘れないにしました。どうでしょうかお楽しみ頂けましたでしょうか?
街の賑やかさをあとにし、僕たちは静まり返ったあの公園へと向かった。
街灯がぽつぽつと照らす夜の公園は、昼間とは違ってしんと静まり返っている。ブランコが風でかすかにキーキーと揺れる音だけが聞こえていた。
ベンチに腰を下ろすと、冷え込んだ冬の空気が頬を刺す。
買い求めた缶コーヒーを渡すと、花音は両手で大切そうにそれを包み込んだ。湯気が白く立ち上り、ふたりの間で消えていく。
「……悠ちゃん」
マフラーに半分顔をうずめた花音が出した声は、いつもより少し低く、どこか震えていた。
「ん?」
「私ね、部活でまた壁にぶつかったり、落ち込んだりすることもあるんだけどさ……不思議なんだ。昔みたいに『もう全部やめたい』って思わなくなったの」
花音は僕の方を向き、照れくさそうに、でも誇らしげに微笑んだ。
「悠ちゃんがいてくれるから。離れていても、ちゃんと私のことを見ててくれるって分かるから、前を向けるんだと思う」
その言葉が、胸の一番奥にある柔らかい場所にまっすぐに届いた。
かつて自分の殻に閉じこもり、遠くから彼女を眺めることしかできなかった僕。
『久しぶり』の五文字すら送れずに、暗い部屋で画面を伏せたあの臆病だった夜。
でも、今の僕は違う。
彼女の痛みに寄り添い、その努力を誰よりも近くで受け止めたいと心から思っていた。
「花音」
僕はポケットから手を出して、かじかんだ彼女の手に、自分の手をそっと重ねた。
花音はハッとしたように目を見開いたけれど、逃げようとはせず、僕の手をぎゅっと握り返してくれた。指先から、彼女の確かな体温が伝わってくる。
「僕もだよ。君がいたから、僕は自分の足で歩き出すことができた。……昔の思い出のせいじゃない。今、目の前にいる花音が、僕にとって一番大切な人なんだ」
まっすぐに見つめ返すと、花音の瞳にうっすらと涙が浮かんだ。
けれど、それは悲しい涙ではなく、街灯の光を反射して輝く綺麗な光だった。
「……遅いよ、悠ちゃん」
花音は小さく鼻を鳴らして、愛おしそうに笑った。
「ずっと……待ってたんだから」
風がふたりの間を吹き抜け、公園の木々が静かにさわめく。
引き寄せられるように顔が近づき、僕はゆっくりと目を閉じた。
重なった唇から伝わってきたのは、どこか懐かしく、そして柔らかい熱だった。
あの日、送信できなかったメッセージも、すれ違っていた長い年月も、すべてはこの瞬間に辿りつくための道だったのだと思えた。
唇が離れると、花音は頬を赤く染めながら、照れくさそうに僕の肩に額を預けてきた。
その髪から、かすかに甘い香りが漂う。
「ねえ、悠ちゃん」
「ん?」
「これからも……ずっと隣にいてね」
「うん。ずっといるよ」
遠くで街灯が優しく灯り、僕たちの影をひとつに重ね合わせていた。
過去への執着でもなく、ただの思い出の再現でもない。
傷つきながらも自分の足で歩んできたふたりが、ようやく手をつないで踏み出す、新しい日常の始まりだった
僕たちの影がひとつに重なったまま、静かな夜の公園に風が吹き抜けていく。
ふと見上げた冬の夜空は、どこまでも澄み渡り、遠くの星々が静かに瞬いていた。
「……ねえ、悠ちゃん」
僕の肩に額を預けたまま、花音が小さく呟いた。
「ん?」
「私、ずっと怖かったんだ。時間が経って、お互いに大人になって、昔の思い出も、あの頃の素直な気持ちも、全部消えていっちゃうんじゃないかって」
握りしめた彼女の指先に、もう少しだけ力を込める。
「消えてなんかいないよ。遠回りはしたけど……全部、ここに残ってた」
花音はそっと顔を上げると、夜空を見つめるように目を細めた。その横顔には、もう過去の傷に怯える幼さはなく、自分の足で未来を見据える凛とした強さがあった。
「勿忘草ってね、花言葉は『私を忘れないで』だけど……」
花音は僕の目をまっすぐに見つめ返し、いたずらっぽく、けれど世界で一番愛おしい笑顔を浮かべた。
「今日の私には、もうそんな言葉は要らないみたい」
「どうして?」
「だって、どんなに離れても、どんなに時間が過ぎても」
彼女の温かい体温が、僕の胸の奥深くへと広がっていく。
「私たちが重ねてきた時間は、絶対に忘れはしないから」
あの日、画面の前で立ち尽くしていた僕はもういない。
すれ違いの季節を越え、泥臭く葛藤し、お互いの光となってたどり着いた今という現実。
青い小さな花が、厳しい冬の土の下で静かに春を待つように。
僕たちが紡いできた記憶と想いは、枯れることも褪せることもなく、ずっとこの胸の真ん中で咲き続けている。
たとえ世界がどれほど姿を変えようとも。
勿忘草は、僕を忘れない。
夜の静寂の中、僕たちはどちらからともなく手を繋ぎ直し、新しい季節の訪れに向かって、ゆっくりと歩き出した。
HappyEND
『勿忘草は僕を忘れない』
勿忘草の花言葉は真実の愛と私を忘れないでなので私はこのタイトルを勿忘草(真実の愛は)は僕を忘れないにしました。どうでしょうかお楽しみ頂けましたでしょうか?