モテ男とデキ女の奥手な恋
指輪の購入は見送るかと提案した俺だったが、橘は断固として首を横に振った。
「やだ。買う。金曜の夜、行くからね」
「そんなに急がなくても……」
嘆息した俺の言葉は睨みをきかせた橘の目に一蹴され、
「どれにするかは決めたのか?」
諦めた俺が尋ねると、橘は頷いた。
「一番、神崎に似合ってたのにする」
俺にはどれだか分からなかったが、見て納得した。
橘が選んだ指輪は、Vラインのシンプルなものだった。女性側には、小さなダイヤモンドが三つ並んで埋め込んである。
他にもゴテゴテしたものや凝ったデザインのものも見ていたので、結局これになると思わなかった。どれを選んでも文句は言うまいと思っていたので、やや拍子抜けだ。
「ちょっと意外」
店員がサイズの在庫を確認しに行った間に、俺は呟いた。
「何で?」
「ダイヤがぐるっとついてるのとか、選ぶと思った」
橘は苦笑した。
「うん、いいかなって思ったけど、やっぱり違う気がして」
俺がその顔を見やると、橘は微笑んだ。
「これからは、素のままの自分を認めていこうかなって思って」
俺が分かったような分からないような顔のままふぅんと言ったとき、店員が戻ってきた。
「すみません、男性用のリングは在庫があるんですが、女性用は取り寄せになります。日曜日には届くようにできますが。どういたしましょうか?」
ひとまず男性用をお持ちしましたとリングピローに立てた指輪を差し出す。橘はそれを手にして俺の左手を取ると、薬指にはめた。
「うん、ぴったり」
橘は満足げに呟いて、これくださいと店員に言うと、俺を見た。
「つけて行って。結婚式」
「は?」
間の抜けた声を出すと、真摯な目でまっすぐに見返される。
「私の、って印」
俺はその目と、自分の左手の薬指を見比べてーー
そのあまりの真剣さに、苦笑した。
「マーキングかよ」
精一杯のテリトリーの証明。
思わず、ヨークシャーテリアがきゃんきゃんとほえ立てる姿を想像した。
小柄な身体で精一杯強がる姿。
不意に込み上げた愛しさに、指にはまった指輪をついと撫でる。
「いいんじゃない」
橘もほっとしたような笑顔を返した。
「その分は私が出す」
「何でだよ」
「私がプレゼントしたいの」
何だそれと俺が呆れるが、店員は笑っていた。
「いいですね。お互いの気持ちを形にしたみたいで」
店員の言葉に、橘は嬉しそうに頷いた。
「私の分は、日曜日に受け取りに来ます」
「俺、付き添えないぞ」
日曜日は隼人の結婚式だ。
「うん、いいの。分かってる」
橘は気にせず答えた。
「だって、月曜には会社につけていきたいもん。神崎もつけてきてね」
ああ、そういうこと。
俺は苦笑しながら頷いた。
この歳でペアリングを左手の薬指に嵌めるなど聞かない。また違う噂が立ちそうだーーその噂については、いずれ真実になるのだろうが。いや、なってもらわなくては困る。
俺はわずかな重みを乗せた左手を見た。真新しい指輪は、思いの外違和感なく薬指に収まっているように見えた。