モテ男とデキ女の奥手な恋

 橘にもらった指輪は、隼人の結婚式当日、白いネクタイを身につけると同時に、意を決してつけた。
 左手の薬指にあるわずかな違和感に気を取られないようにしていたつもりが、新郎親族の控室に到着するなり、母があらと声をかけてくる。
「政人。指輪」
 どうして女ってものはこういうちょっとした違いにしっかり気づくんだろう。
 母に指摘されて俺は苦笑した。
「つけて行けって言われた」
 両親には、プロポーズしたが、橘の両親からの反応待ちであると伝えてある。
 それでも、「あんたがそう想える人ができたことが大事」とのんきに喜ぶ母だ。
「あらそう。見せて」
 新郎新婦の母だけに許される黒留袖に身を包んだ母は、俺の方に手を差し出した。おとなしく左手を載せる。
「素敵なデザインね。今はデザインが色々でいいわよねぇ」
 ね、お父さんと隣に立つ父に声をかけた。モーニングを着たーー緊張しているので着せられた感があるがーー父が、余裕なさげに頷く。
「それにしても、意外と似合ってるわね」
「……俺もそう思った」
 苦笑して言うと、母は笑った。その笑顔は素直に嬉しそうでほっとする。
 長男だというのに、隼人ほど立派な息子ではない自覚がある。が、やはり子としては親を悲しませたくないというのが自然な気持ちであり、曖昧な形であっても婚約したことに対して喜んでくれるのは嬉しい。
「あれーっ。政人、結婚しはったん?」
 ドアが開いて、手洗いに立っていた栄太郎が駆け寄ってきた。付き添っていた姉が目を丸くする。
「あら。いつの間に」
 いつの間に、じゃねぇよ。してないから。まだ。
 訂正しようと口を開きかけると、
「まあ、あんたの歳なら先に入籍でも全然アリよね」
 姉は勝手に納得している。
 その隣で義兄の孝次郎さんが苦笑した。
「一方的に決め付けるのはようないで。政人くん、そういうところはきちっとしはりそうやけどな」
 義兄の方が俺のことを分かってくれているらしい。俺は何も言わず頷いて苦笑した。
「首輪と一緒ね。飼い主がいますって」
 誰とは言っていないのに、姉の中ではしっかり決定事項なようだ。本当のことなので訂正はしないが。
 なんで弟の結婚式当日に、犬扱いされないといけないわけ。そう思うが口にはしない。隣の義兄が憐憫の目で見てくれているのが唯一の救いだ。
「確かに、男性にもあってもいいわよね、婚約指輪」
 くすくすと姉が笑う。その薬指には、結婚指輪に重ねて見慣れない指輪がついている。
「それ、婚約指輪?」
「うん、そう。こういうときでもないとつけないから」
 姉は大きめのダイヤがついた指輪を撫でた。いかにも婚約指輪然としたデザインだ。
「婚約中はほとんど嵌めなかったくせに」
「だって、このデザインじゃ邪魔になるもの」
 唇を尖らせた義兄に姉が答える。とりあえずそれがついた左手で殴られるのは避けたいので、今日一日は逆らうまいと心に誓った。それにしても、と姉は俺の薬指をまじまじと見てくる。
「虫よけにしては本気過ぎるデザインだけど。ま、あんたもそれ分かってつけてるんでしょ」
 姉は華やかな笑顔を浮かべ、俺の肩をとんと叩いた。
「おめでとう」
「気が早ぇよ」
 照れ臭さも手伝ってぶっきらぼうに応じると、姉は緩やかに首を振った。
「結婚そのものより、そう思える人に出会ったことが大事でしょ」
 母と同じようなことを言っている。思いの外大人な物言いに、俺は黙る。
「橘さんなら、あなたと一緒に成長していけそうね」
 そのときの姉の微笑みを、俺は初めて綺麗だと思った。
< 115 / 119 >

この作品をシェア

pagetop