モテ男とデキ女の奥手な恋
 朝、喉の渇きで目が覚めた俺は、水を求めてベッドから出ようとした。
 腕が布団から出た途端、素肌に当たる寒さに負けて、また布団に潜り込む。
 隙間なくぴったりと俺に張り付いていた橘が、わずかに身動きした。
 俺は冷えた腕を温めるように橘の背に手を回す。
 ふくよかとは言えない体型だが、それでも男のそれとは違う。柔らかい身体と滑らかな肌が心地好い。
 橘がもぞもぞ動いた。起きたようだ。
 ぼんやりした目が俺をとらえる。
「……かんざ、」
 開いた口を静かに唇で塞いで、もう一度抱き込んだ。
 橘はなされるがままにじっとしている。
 橘の肩先につっこんだ鼻を、その胸元へ下げていく。
 大きいとはいえない膨らみに額を当てて、小さく呻いた。
「痛ってぇ……」
 完全に飲み過ぎだ。頭痛が動悸に合わせて響く。
 橘は俺の髪を撫でるように頭に手を添えた。
「二日酔い?」
 あまり高くない声がありがたい。
「そうらしい」
 久々すぎてこの辛さを忘れていた。
 橘が笑う。
「珍しいね」
 笑うリズムに合わせて胸が上下に動く。その動きが頭に響く。
「じっとしてろ。笑うと響く」
「俺様すぎ。いつどれだけ笑おうと私の自由です」
 橘は言いながらまだくすくす笑っている。
 人ごとだと思いやがって。
 俺は悔しくなって、うりゃ、と布団をはいだ。
 きゃあ、と橘が悲鳴を上げる。
「さっむ、ちょっと!風邪引いたらどーすんのよ!」
「仕事休めていいんじゃねぇの」
「たまの有休くらい好きなとき取りたいっつーの!」
 橘は言って、俺から布団を奪い返そうと引っ張る。
「痛てて……おい、俺は二日酔いだっつってんだろ」
 ったく乱暴なやつ、と言いながら、布団を持ったまま橘の身体を包む。
「うぷ」
 俺の胸に顔をぶつけて、橘が呻いた。
 小さな仕返しに俺は笑って、またも痛みに頭を抱える。
「痛てぇ」
「自業自得よ」
 橘がまた笑った。
 少しして、橘はおもむろにベッドから降りた。手近にあった大判のショールを身体に巻き付け、服を取りに行く。
 俺はガンガン鳴る頭で、ぼんやりその姿を見ていた。
「はい」
 スウェットを身につけた橘は、水が入ったコップを俺に手渡した。
 サンキュ、と言って受け取り、一気に飲み干す。
「もう一杯いる?」
「もらう」
 橘は微笑んで、また水を汲むと俺に渡した。
 今度は少しずつ飲む。
 その間に、橘はおずおずと服を差し出した。
「この前、サイズ小さかったみたいだから……ワンサイズ大きいのにしてみたけど」
 新しいTシャツとジャージ。この前の見るからにパジャマというものではなく、近くのコンビニ程度なら外出もできそうなものだった。
「……お前ってさ」
 呆れ返って言うより先に、橘が俺の口を手で覆った。
「言わないで。自分が馬鹿みたいなのは分かってる」
 俺の口を覆う手の先には、耳まで真っ赤になった橘の顔があった。
 馬鹿というなら、俺も同類か。
 そう思って嘆息し、服を受けとる。
 それを見てホッとしたように橘は笑い、お湯を沸かすと言って台所へ向かった。
 俺はのろのろと服を身につける。橘はそれを見て笑いながら言った。ずいぶんご機嫌だ。
「下着はないけど」
「だからあっても困るっつの」
 服を身につけてから、俺は一息ついた。
「味噌汁飲む?」
「あー、いいねぇ」
「お酒飲んだ次の日の味噌汁って、美味しいよねぇ」
 橘は言いながら冷蔵庫を開け、長ネギと豆腐を取り出した。
 トントンとリズミカルな包丁の音が聞こえる。
 あれこれ考えることを完全に放棄した俺は、またベッドに横たわりながらその音を聞いていた。
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