モテ男とデキ女の奥手な恋
 大晦日。酒好きな家族の晩酌にと、都内でワインとチーズ、チョコレートを買って実家に帰った俺は、玄関にある小さな靴に気づいて立ち止まった。
 玄関のドアが開く音で気づいたのだろう、靴の主の足音が、ドカドカと近づいてくる。
「政人!久しぶりー!」
「栄太郎。呼び捨てにするなって言ってんだろうが」
「じゃ、政人おじさん」
「しばくぞ、こら」
 睨みつけると、栄太郎は怖ぇー!と笑いながら、現れた人影の後ろに隠れた。
「おかえり、政人」
 二つ上の姉、和歌子は、息子を受け止めると微笑んだ。
 見た目は女らしい美人だが、侮ることなかれ。俺がこの世で最も畏れているのが、この姉だ。
 2歳差の姉には、思春期になり俺が背を抜くまで、さんざんからかわれ、遊ばれ、イジメられていた。
 曰く、あんたっていじめがいがあるのよね、とのことだが、全然嬉しくない。俺の心に潜む女性不信の元凶はこの女にあるのではないかと思うが、本人に言うとまたいい笑顔でいじられそうなので口が裂けても言えない。
 空手の段持ちの姉は、小さいときから、自分より弱い男とは結婚する気がないと言い張っていた。奈良の大学に通っていたとき、剣道4段の警察官、義兄の孝次郎と出会い、26で結婚した。
 甥の栄太郎は、それから数年後に産まれた。現在小学校1年生。遠方のため滅多に会えないが、何かと俺に絡みたがる。俺としても、時に生意気ではあるものの、可愛い甥だ。
 姉は里帰り出産だったので、栄太郎が産まれたとき、まだ学生で実家暮らしだった隼人は、何かと世話を焼いてやったようだ。おむつ替えや入浴、散歩など、本人も楽しんでいたらしい。
 そんな繋がりがあるからか、隼人は甥を気にかけ、少なくとも1年に2度は会えるようにしていた。
 その結果ーー
「隼人兄ちゃんももう少ししたら着くねんて。そしたら、政人も一緒にバスケやろ」
 この扱いだ。
「おい。なんで隼人は兄ちゃんで俺は呼び捨てなんだよ」
 栄太郎はふんと大人ぶって鼻を鳴らした。
「政人は政人だろ」
 姉の和歌子が大ウケしている。
「姉さんの教育が悪い」
「なに言ってんの。立派に育ってるでしょう」
 俺は嘆息しながら靴を脱ぎ、家に上がった。
 コートを脱いでリビングのドアを開けると、母が湯を沸かしてウキウキしている。
「政人、おかえり。ね、コーヒーいれて。和歌子がケーキ買ってきてくれたから、あんた来るの待ってたの」
 俺は自宅用バリスタか。
 我が家の女は人使いが荒い。
「部屋に荷物置いてからにしてよ。はい。ワインとつまみ。チョコレート入ってるから冷蔵庫入れといて」
 紙袋を渡しながら、
「つか、姉さんたちも帰って来るなら、そう言ってくれりゃよかったのに。義兄さんは来ないの?」
 警察官の夫は年末年始に休めるとは限らないので、それに遠慮してか、姉が帰って来るのは普通の連休などが多かった。母はあら?と首を傾げた。
「言ってなかったっけ。孝次郎くんは来ないみたいよ。和歌子も香子ちゃんに会ってみたいからって」
「聞いてないよ。ーーなるほどね」
 栄太郎へのお年玉の準備をしておかなければ。
 俺は思いながら、荷物を置きに2階の部屋へ向かった。

 荷物を置いてリビングへ降りてくると、ご要望通りコーヒーをいれはじめる。俺の周りにはちょろちょろと栄太郎が動き回り、危ないからあっち言ってろと何度姉の方に押しやっても戻って来る。
「政人おじさんに教えてもらいなさい。栄太が毎日おいしいコーヒーいれてくれたら、お母さん幸せだわぁ」
「うん、がんばる!」
 そこに俺の意思は。
 脱力感を覚えながら、おおかたコーヒーをドリップし終えたところで、玄関のドアが開く音がした。
 ただいま、と聞こえる声。
「隼人兄ちゃんだー!!」
 なかなかの反射神経で栄太郎が駆け出す。さながら主人の帰宅を迎える飼い犬のようだ。
 その小さな背を見送って、今のうちにとカップにコーヒーを注ぐ。まだ栄太郎は飲めないので、母、俺、姉、そして隼人の分。
 本当は一杯ずついれるべきだが、母も姉も待てないというので、一気にいれた。
「ただいま。ああ、兄さんのコーヒーだ」
 コートを脱いで上がってきた隼人が、嬉しそうに微笑む。我が弟ながら、相変わらず落ち着いた印象の好青年だ。
「姉さんの手土産のケーキもあるぞ。荷物、置いて来いよ。コーヒーはいれたばっかりだから」
「うん、そうする。はい、母さん、これ」
 隼人が買って帰ったのは日本酒だった。父が好きではあるが、隼人はあまり飲まないはずだ。
「珍しいな。日本酒なんて」
「うん。香子ちゃんも飲むし、父さん喜ぶかなって」
 照れ臭そうに隼人が笑った。姉が微笑ましく見ている。
「あらぁ。結構飲む子なのね。気が合いそうだわぁ。私も奈良の地酒持ってくればよかった」
「あ、喜びそう。利き酒とか好きだから」
 隼人は言いながら、もう一つ包みを出して栄太郎に渡した。
「はい。栄太郎にはこれ」
「わーい!何?開けてもいい?」
「いいよ」
 包みは栄太郎の頭よりも大きいが、重いものではないらしい。ウキウキと包みを開いた栄太郎は、さらに目を輝かせた。
「バスケットボールだ!隼人兄ちゃん、おおきに!」
 隼人はにこりと微笑むと、俺の顔をちらりと見て笑った。
「荷物置いて来る。先食べてて」
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